(家宰)政策の失敗を報告したくない
私は子爵領の家宰のイグナシオ。御館様がウドフィに任せてクラープ町のシルヴェスタの出資分を取り上げようとしていた件については完全に失敗になった。
いやもともと無理筋だったのだ。シルヴェスタから取り上げることもろくでもないことだった。そして彼がクルーズン商人あたりに譲渡することも容易に想定された。
そこでウドフィはおそらくモナプあたりの入れ知恵だろうが、譲渡を受けた者は財産隠しの協力者として構わず取り上げることにした。
それだって伯爵に抗議されたらかなり面倒な裁判になって、数年後には取り返される可能性が高い。
ところがシルヴェスタの方はさらに上を行っていた。譲渡先はクルーズン商人たちよりむしろ、クルーズン伯爵とクルーズン司教だというのだ。
どちらもうちの御館様よりも勢力がある。ウドフィや御館様は戦争だなどと息巻いているが、蹂躙されるのはうちの領だ。それ以前に王府に訴えられたら、朝敵にされかねない。
それに加えて憂鬱なことがある。シルヴェスタがクラープ町で実現した株式の制度に伯爵が興味を示しているというのだ。
実際に商務部長の重職にあるアンドレアン氏をクラープ町に派遣している。アンドレアン氏とはクラープ町とこの領都でお会いした。
彼は大変に素晴らしい制度だと絶賛して、できるだけ早く制度化したいなどと言っている。
私の方もそれに気づかずうかつだったが、私はそもそも領政全般担当で商務担当ではない。あれはウドフィが気づくべきことだった。
ウドフィにも聞いたが、ろくに詳細も答えられない。むしろクラープ町の役所のスミスの方が詳しいのだ。まったく人材登用の順が全く理にかなっていない。
その株式の制度はクラープ町では領府の助けなしに商人間の契約で実現しかけているという。だがやはり法制度の裏付けがあればもっと円滑に動くらしい。
せっかく有望な芽があっても本領では全く育たず、他領に行って花開くというのは情けなくて敵わない。
なんでシルヴェスタのような能力のある者はうちの領に残らず、モナプのようなつまらない者ばかりが重用されるのだろう。
さてさんざん愚痴を言ってきたが、いちばん憂鬱なことをしなくてはならない。出資取り上げ策が大失敗だったことを御館様に報告することだ。
そもそも御館様肝いりの政策だ。強行して伯爵が騒げば王府が乗り出す。王府にここ数年の本領の悪政が見つかればどのような沙汰があるかわからない。
下手をすれば本領取り上げの上に家臣団もすべて解散して浪人にまでなりかねない。
こうなれば御館様に報告する前に主だった幹部に根回ししておかなくてはなるまい。
ただその幹部たちも現任の前の御館様からの幹部たちはそれなりに骨もあるが、今の御館様が取り立てた者たちはゴマすりしかできない者が多い。
だいたい御館様は何か意見されるとうるさそうにして答えにもならない稚拙な答えしかしない。そして思い付きに過ぎない政策を強行し、案の定失敗するのだ。
失敗すれば家臣が忖度して制度だけは維持しつつ事実上ないものにしてやり過ごす。反省も総括も何もできないのだ。
それについて家臣が失敗とは言えないし、何らかの機会に失敗が示唆されても、ごく些末な良い効果を取り上げてあれはよかったと主張する。
実はそれによって起こっている被害の方が数十倍数百倍あるというのに。
私が出資取り上げ策の失敗を重臣たちに言いまわっても、案の定、みなあきらめムードだ。ただ何としてもこれ以上強行することは止めさせないといけない。
さいわいにして領の存亡がかかっているためか協力してくれる者もいくらかはいる。それくらいはこの領にもまだいるのが何とか救いだ。これもいなくなったらそれこそお取り潰しとなる。
ウドフィについては事前に呼び出し、取り上げを強行し伯爵や王府と対立すればお前の首が文字通り飛ぶことになると脅す。もちろんモナプもだ。
モナプの方はもう気づいているらしい。自分はしたくなかったがウドフィや御館様が熱心なのでその細かい実施案を作ったまでだなどと言い訳している。
「私は領の人間ではございません。まさか領政に預かれようはずもございません」
都合のいい時だけ領の中の顔をして、都合が悪くなるとそれを翻す。どうせ浅はかな考えで出たとこ勝負で物事を決めればいいと思っている輩だ。まったくこのような者を領政に関わらせてはならない。
ああ、御館様に今回の失敗を申し上げるのは憂鬱だ。あれだけ大はしゃぎで前のめりになって進めていた政策だ。
それが御館様がかってにライバル視して、向こうはまったく歯牙にもかけない伯爵の意向でまったく見る影もなくダメになった。
いや元々ダメだったが、すぐさま完膚なまでにダメになった。どう指摘するかを考えるのも憂鬱だし、どうせ大声を張り上げて激怒するのが目に見えているのも辛い。
御前会議が始まる前、御館様はにやけ顔だ。おそらくシルヴェスタの出資取り上げが成功裏に終わったと思いこんでいるのだろう。
他のもっと技術的詳細が伴う政策には全く興味がない。だいたいシルヴェスタの出資分など数億で領政全体から見てさほど大きいわけでもない。
トップの者が長期間気にかけるような話ではないのだ。それをやたら気に掛けるのは、勧善懲悪型の俗耳に易い案件だからだ。
御館様にはその程度しかわからないのだ。とはいえそもそも勧善懲悪でなく勧悪懲善に過ぎないわけだが。
報告はせずにすっとぼけてシルヴェスタの件はまだ調査中とでもできないだろうか。いやどうせ憂鬱が続いて、解決が後回しになるだけだ。いよいよ覚悟を決めて話すことにしよう。




