株主総会の結末
クラープ町で俺が株主になっていた商会は領主である子爵が株を取り上げたと称して、株主総会にウドフィとモナプが入り込み、経営側の提案をことごとくけって、彼らに都合のいい提案を押し通そうとしていた。ところが俺の株はすでに司教と伯爵とクルーズン商人に譲渡済みだった。
子爵らは譲渡したとしても財産隠しの協力者だから取り上げには変わらないと言っているが、彼らは譲渡先が司教や伯爵ほどの権力者だとは知らない。
そこで総会で無茶な提案の決議がされそうなときにとうとう譲渡先の伯爵の部下のアンドレアン氏が発言した。
「ちょっとお待ちください」
その言葉で議場が一瞬静まり、アンドレアン氏に注目が集まった。しかし興奮したウドフィはすぐに怒鳴りつけた。
「なんだ。これから大事な採決だというのに。みながルールに従っているのに勝手なことを言いおって」
どうやらウドフィ自身の不規則発言については覚えていないらしい。そこで表面的にごく一部のルールを守ったことでまるで己が公共心を持っていると勘違いしていそうだ。
しかしアンドレアン氏はひるまない。だいたい格上の伯爵領で商務部長であり、役職としても格上だ。ましてウドフィなど横暴であまりに風格がない。アンドレアン氏は意識の上でも全く歯牙にもかけていそうにない。
「あなたは本当に株主の代理人なのでしょうか?」
「だまれ! その方、見ない顔だな。大方、シルヴェスタから株を譲り受けたクルーズン商人あたりであろう。ワシはこの領の領府で商売を司るウドフィであるぞ」
「こちらは間違いなく領府のウドフィ様だ。そうだなマルク?」
ウドフィとモナプの凸凹コンビが宣言する。聞かれたマルクは仕方なく同意している。ずいぶんと安っぽい役人だと思う。しかも何でコンサルのモナプが口を出すんだ。
「はあ、子爵領府の方でありそうなことはわかりました。ただ子爵様は本当に株主なのですか?」
「何を言っている! シルヴェスタの持ち株はご領主様により押収された。たとえそれが譲渡されていたとしても、それは財産隠しに協力したものとして取り上げることになっている」
「そのような場合にはふつうは譲渡先にも通告すると思われますが、譲渡先は調べたのでしょうか?」
「えーい、だまれ! この命令書が目に入らぬか? 何があろうと譲渡された者は財産隠しの協力者だ。商人風情で領府にたてつこうとは不届きだ!」
もう商人と決めつけてしまっている。
「実は私はクルーズン伯爵領府の商務部長のアンドレアンと申します。クルーズン伯爵様がシルヴェスタ氏より株式の譲渡を受けたため、代理で総会に来ております」
議場が少しざわつく。ともかくようやく譲渡先が伯爵だと言ってくれた。これでさすがにウドフィも引っ込むだろう。初めからこうしてくれればよかったのに、なんでアンドレアン氏はこのタイミングなんだ?
ところがウドフィは思いのほかバカだった。
「えーい、だまれ! シルヴェスタから譲渡された者は誰であろうと財産隠しの協力者だ。ここは子爵領だ。伯爵だろうと誰だろうと知ったことではない」
確かに格としては子爵の方が伯爵より下だが、別に下僚というわけではないし、伯爵の命令に従わなくてはいけないわけでもない。
ただ財産争いがあった場合に、領主の決定が領内だから有効かと言えばそんなことはない。それは王府の上の機関で裁定されることだ。
とりあえず主張しておくのが正しいのかもしれないが、ここまで高圧的にふるまうのも異常だ。さすがに子分のモナプも戸惑っている。
「貴様らここをどこだと思っている。恐れ多くもゼーランにおわす子爵様の領土であるぞ。その方らが容喙する場所ではない」
「まあまあ。我々は話し合いもできますし、それで決着がつかなければ王府に話を持って行くこともできましょう。そのように激高することもありますまい」
アンドレアン氏はウドフィをなだめている。ただ何か格の違いが見えてしまう。それでウドフィはますます意固地になっているようだ。
「ええい、そこに直れ。無礼打ちにしてくれようぞ」
確かにウドフィは粗暴で力だけはありそうだ。剣術の方はよくわからないが。それに比べるとアンドレアン氏はあまり筋力などは期待できそうにない。
ただアンドレアン氏には護衛がついている。そこらの者では敵いそうにない。さすがにウドフィも劣勢を悟ったのか悔しそうに叫ぶ。
「ええい、待っておれ。手勢を連れてくる。逃げようと思ってもそうはいかんぞ。街道まで手勢を差し向け、きっと捕らえてやるからな」
さっきからウドフィの独り相撲だ。何か見ていて痛々しくなる。ともかくその捨て台詞を残して、ウドフィは去って行った。もちろん付属物のモナプも一緒だ。
マルクは戸惑い、しかし議決に必要な株数もなく、というより誰が株主かも確定できない状況のため、休会を宣言する。
とりあえず商会の危機はやり過ごしたが、ウドフィが手勢を連れてきたらアンドレアン氏は収監されてしまう。
株主たちがいなくなったのを見計らいマルクの手引きでアンドレアン氏と打ち合わせ用の会議室で落ち合う。
「先ほどはありがとうございました。ただこのままだとあなたの身柄が危なくありませんか?」
「なに大丈夫でしょう。ちょっと誰か人を出して役所の様子を見て来てもらえませんか?」
「ええ、それは構いませんが、そんなに悠長にしていた大丈夫でしょうか?」
「おそらく彼らは私を捕まえられませんし、万一暴発しても上に行けば釈放されます。むしろそんなことをすれば、子爵領がわが領に対して外交上不利になるだけです」
「はあ、そういうものでしょうか」
こっちは気が気でないが、アンドレアン氏がソファに座りながらゆったりしているので、マルクは人を出すとともに、お茶菓子などを用意させている。
「本日はなかなか面白いものを見せてもらいました。このように商会の先行きを決めるわけですね」
「いえ、総会の運営としては異例のものでした。本当にご参考になるのかはわかりません」
「いえいえ、議案の提示や議題の事前設定や議決などそのような手続きが定められていることは興味深い」
ああ、そう言うところを見ているのか。総会のルールを破り議事を乱しまくったウドフィとは格が違いすぎる。
金のある領がアンドレアン氏のような有能な者を責任ある地位につけ、金のない領はウドフィのようなゴマすりしかできない者を責任ある地位につける。
どちらが原因でどちらが結果か、いやその双方なのだろうが、先行きが思いやられて仕方ない。




