司教と伯爵の代理人たち
クラープ町における子爵による株式取り上げ問題では、株主総会を開く方向になっている。
経営者のマルクは領府の役人のウドフィ相手に取り上げの事実を認めなかったが、他の株主を脅して総会の開催を要求してきた。
一定数以上の要求があれば総会は開かなくてはならない契約になっている。仕方ない。
総会での決議も問題になる。領府は俺の持っていた株をすべて取り上げたと称している。
それを認めるとすると脅されている株主分も含めて、領府が過半数を押さえてしまっている。ということは多くの決議ができるし、役員も何人も送り込むことができる。
マルクの言うように取り上げたことを認めないのは実はちょっと難しい。
王国法でも領主の決定はそれがもっと上の作用で覆るまでは正しいこととして扱われるからだ。
つまり上に訴えない限りは押し通される。実際に実力行使をする可能性も低くはない。
俺は金はそれなりに持っているが、それをはねつける実力つまり暴力は持っていない。
それではどう対抗するか。戦いとなれば敵を知り己を知らなくてはならない。
それにもかかわらず、ウドフィは俺が誰に譲渡したか聞こうとしなかった。それどころかマルクが言おうとしているのを遮ってさえいた。
おそらく俺がクルーズンの商人に譲渡したと思っているのだろう。ところが実際は子爵より格上の司教や伯爵なのだ。
彼らは子爵の勝手にされては困ると、お二人とも代理の者をよこすことになっている。
子爵領府は、というより少なくともウドフィは俺の譲渡先が司教や伯爵だとは知らない。これは付け入る先だ。
ウドフィは庶民相手にはやたらと居丈高だが、相手に権力があると途端にへいこらすると聞いている。
しかも今回は教会で財務を担当する司祭と、伯爵領府の商務部長が総会に来るというのだ。
そこで総会前に教会の財務担当司祭と伯爵領府の商務部長アンドレアン氏と打ち合わせをする。
だが司祭の方は教会の財産さえ守られればさほど総会の先行きには興味がないようだ。この辺、司教の方はもう少し奥行きがあったようにも思う。
奥行きというより何を考えているのかわからない、底知れなさでもある。
他方で商務部長の方は総会の進め方にも興味があるという。とはいえ、今回の総会はいつもとは違う。
いつもはだいたいマルクが経営状況を話して、また今後の経営方針を説明して、株主はそれらを承認するくらいだ。特に新たな人事などもない。
いくつか質問などは出るが、それもさほどシビアなものは出ない。まあだいたい穏当に経営しているし、特に問題ないからだ。
ところが今回は違う。株主を僭称する明らかに敵対的な者がやってきて無茶な要求をすることが目に見えている。
経営にケチをつけ、今後の方針にもケチをつけ、おそらく財産を独り占めしようとし、そのために役員を取り換えかねない。
しかもそれに脅されている株主がいるため、子爵側の勢力が半数超だ。明らかに荒れることが目に見えている。
「ふだんの総会とは全く違うものになりますが、いいのですか?」
「ええ、変わったものならますます見ておいた方がいいですね」
そう言う考えもわからないではない。標準的なものを見る前に変なものを見るのもいかがかとは思うけれど。
「ところで株の所有権の主張をするとなるとけっこう面倒な場面もありそうですが、どうしますか。
もちろん司教様と伯爵様が正当な所有者だとは考えていますが、ここは子爵領ですから実力行使に出てくるかもしれません」
この司教様と伯爵様というのも毎回順番を変えて言うようにしている。つまり次のときは伯爵様と司教様になるのだ。どちらか一方の代理人だけいるならそちらを先に言えばいいが、結構気を使う。
「うん、まあ、大丈夫でしょうね。少しは準備してきましたから」
そう言ってほほ笑む。何が大丈夫なのかよくわからないが、貴族としての何らかのやり取りがあるのかもしれない。
ただいずれにしても俺は前面に出るわけにはいかない。それこそ身柄確保をされかねない。また陰から覗くことくらいしかできない。
「信用しないわけではありませんが、不安があるのでどのような準備か教えていただけませんか?」
「いちおう子爵領府の話が分かる人に連絡はしてありますね」
それでは伯爵が株を持っていることは領府の方には伝わっているのか。それなら大事にはならないで済むかもしれない。
いちおう彼らを総会前にドナーティ商会の社屋に案内して、総会で議長を務めるマルクに紹介しておく。
マルクも事前に見方が誰かわかっていた方がやりやすいだろう。だいたい脅されたとはいえ、同じ町の商人仲間が敵対側に行ってしまっているわけだし。
司祭氏は様子を見るそうだ。商務部長もはじめは様子を見て何か問題があるようなら介入するという。ともかくこれでウドフィの思い通りにはならないと思う。




