(家宰)あまりにもくだらない御前会議
私は子爵領の家宰のイグナシオ。
とうとうウドフィがシルヴェスタのクラープ町の商会への出資分の取り上げに動いたそうだ。御館様の決定とは言え困ったものだ。
これで本領に対して外部の商人たちの投資は激減するだろう。それでも十分に悲惨だが、下手をすれば既存の商人すら逃げ出しかねない。
実際にシルヴェスタだって逃げ出し組だし、他にも逃げ出している者はいるのだ。
ウドフィは舞い上がっている。クラープ町のドナーティ商会の経営者のマルクに決定を申し渡したと意気揚々と御館様に報告している。
「ウドフィ、報告があると聞いたがなんだ?」
「はい、御館様。以前からお話していたクラープ町のシルヴェスタの件、確かにドナーティ商会のマルクに出資取り上げの件をこのウドフィめが通告してまいりました」
「そうかそうか、それでどうなるのだ」
「はい、もはや本領では、シルヴェスタの出資分は御館様のもの。おそらく5億ほどはございましょうか」
「ほう。シルヴェスタはずいぶんとアコギに儲けていたのだな」
「はい、そのようでございます。しかししょせんは悪銭身に付かずでございます。すべては御館様の御心のままにだまされた人々のために使われることになりましょう」
「そうか、よくやったな」
まるで何か大きな手柄を立てたような言いぶりだった。実は彼のしたことなどほとんどないのだ。
他の重臣たちが反対する出資取り上げ案を御館様に吹き込み、同意を得たらあとはメッセンジャーボーイのように持って行っただけだ。しかもあの通告に何の効果があるのかわからない。
だまされた人々というのは要するに御館様の取り巻きのろくでもない商人たちで、シルヴェスタの営業を不当に狙って返り討ちにされた者でしかない。
私からも質問をする。
「それで株式の持ち主はシルヴェスタだったのか?」
「いえ、マルクが申すにはシルヴェスタはすでに譲渡したと」
「それではまずいではないか?」
「これはこれは家宰様ともあろうお方が何をつまらぬご心配を。こんなこともあろうかと、通告では最近譲渡された者はシルヴェスタの財産隠しの協力者として取り上げが明記されております」
シルヴェスタが譲渡した中にクルーズン司教や伯爵の息のかかった商人でもいたらいったいどうなるのだろうか。
御館様の個人的な取り巻きを優遇するために、法を曲げているというのに、司教や伯爵が同じことをしてくることをどうして考えないのか。それを聞いてみる。
「もし譲渡された者がクルーズン司教やクルーズン伯爵の息のかかった者だったらどうするのだ」
「これは異なことを。司教や伯爵の関係者だったとして何の遠慮がありましょう。領の独立を侵すものは何としてでも排除しなくてはなりません。たとえ戦になろうとも他領の容喙を許してはなりません」
まったく戦などと簡単に言ってもらっても困る。それは本当の最終手段だ。だいたい経済も技術も人口も圧倒している伯爵領と戦って勝てると思っているのだろうか。
それ以前に貴族院に訴え出られたら、こちらが勝てる見込みなどありそうにない。
伯爵配下の兵などではなく、王府の査問団が来る方がもっとありそうなことだ。そう言ってやろうと思っていたところ、同類の馬鹿がいたのだ。
「よくぞ言った。その方の忠誠、しかと見た。それでこそわが股肱だ」
激越悲壮で薄っぺらいセリフの応酬を聞かされて、どこのドサマワリの茶番劇かと思う。
ウドフィなど危なくなったら一番先に逃げるに決まっている。なぜそんなことがわからないのか。
これが一番トップとは情けなくなる。最近は共和制を説く輩がいるが、こんな主君ではそういう者が出てくるのもむべなるかなと思う。
ともかくこれでウドフィを止めにくくなってしまった。
とは言え、このまま何もしないでくれれば、形だけ出資を取り上げたことになって、いずれうやむやになってくれるのではないか。そんな風に期待していたが、そうは問屋が卸さなかった。
モナプが発言を求める。ところでモナプは領府の人間でもないのに何の権限で発言するのだろう。ただの御館様の個人的な取り巻きでしかないはずなのに。
「僭越ながらウドフィ様のご発言に詳細を付け加えさせていただきたく」
「うむ、許す」
「シルヴェスタの出資分については株式という方法になっております。これはドナーティ商会の出資者たちの契約で作られたものでございます。そこで株数の投票で商会の先行きを決めるのです。そこでご領主様が得られた株数は半数近く。要するにわずかな株主を味方につければ商会は思いのままです」
詳細でも何でもない。まったく違うことを言っている。要するにウドフィが完全に忘れているので付け加えている。
前に少し聞いていたが、シルヴェスタの商会の制度はなんとも先進的だ。他領でも聞いたことがない。このようなことを考えられる商人を手放してしまったのは全くの損失としか思えない。
目の前のこの上手いことを思いついたつもりで演説している馬鹿は、その制度をズルく利用して不当な方法で儲けることしか考えていないというのに。
「ふむ、そういうものなのか」
「はい、どうか私めに総会の取りしきりをお任せいただけないでしょうか?」
そこでまたもや素っ頓狂な発言が出る。なんで御館様の個人的な取り巻きでしかないモナプが領の権限をふるうのか。
さすがのウドフィすら不愉快そうな顔をしている。愚かな御館様ですら戸惑っている。御館様にダメだと目配せして、否定するよう促す。
さすがの御館様もこの提案には乗らなかった。とは言え叱責するべきところなのに、取り巻きのモナプがかわいいらしい。生ぬるくとりなす。
「まあ、手順があるからな。とりあえずウドフィに調べさせよう」
そう言われてモナプは面白くなさそうな顔をしている。自分がどれほどおかしなことを言ったかわかっていないらしい。
とりあえず最悪の事態は避けられたが、どうせまたウドフィとモナプが結託してろくでもないことを進めるのだろう。
どうして当領の御前会議はまともな議論がなくて、心臓に悪いような阿呆な言葉の応酬になるのだろう。あまりにも打ちひしがれて会場を後にした。




