伯爵への株式売却交渉の大詰め
まだ伯爵との交渉が続いている。司教ほどは面倒なことはないと思っていたが、そうでもない。
司教の方はほとんどリスクなしに儲けがあることだけわかれば、簡単に引き受けを決めてくれた。
だが伯爵の方はもう少しいろいろ面倒だ。どうやら事前に決めたチェック項目を満たせないと進まないらしい。
さらにまずいことがある。ちょっと前に司教との話が片付いて、マルクのところに行ったときに聞かされた話だ。
あのアホのウドフィがやってきて、受けている出資についていろいろ聞いてきたというのだ。俺の出資分を取り上げる話が進みつつある可能性が高い。
取り上げが決まる前にいち早く、売却を進めないといけないし、もし遅くなるようなら改めて司教に頼んだ方がよさそうだ。
とりあえず、いまは目の前の伯爵にすぐに決めてもらえないか交渉している。
伯爵の質問が続く。
「話を聞いているとよさそうだが、そもそも価格はどうなるのだ?」
「はい、それがこの出資分の株式というものがいささか面倒なもので、値段があってないようなものです。ここに額面というものがありますが、この額面はこの出資分の価値とは限らないのです」
「ほう。ずいぶん奇妙なものだな。金額が書いてあるのに、その金額ではないと」
「はい。この金額はこの株式が発行されたときの金額でございます。
その後、商会の経営がよく資産が増えるとか配当が多いとか将来性があればこれより価値が上がりますし、もし逆であればこれより価値が低くなるところでございます」
「ずいぶん複雑だな。だが実際はどうやって価格を決めるのだ?」
「市場があれば簡単です。これを買いたい者と売りたい者が合意できる金額が、この証券の価格と言えます」
「なるほど。もろもろの背景を無視して、買いたいか売りたいかに委ねるのか」
「はい。ただ買いたいや売りたいの心情が起こる背景には、商会の資産や配当や将来性に対する打算があります。その評価を売買する者の打算を通じて決めております」
「なるほどな。ただそうすると時々刻々と値段は変わるわけだな」
「まさしくその通りでございます」
「それで実際には私にいくらで売るつもりなのだ」
「額面でお買い上げいただけると幸いです。全部で2億5千万ほどございます」
「ほう。先ほど額面はこの出資分の価値ではないと言っていなかったか?」
「はい。実はあの商会は割と上手く行っており、資産の上でも配当の上でも出資より高い価値があるところです。ですが今回はご無理をお願いしているので額面で構いません。これも一つの納得のいく金額かと存じます」
「なるほどな。ただお主は買い戻す予定で、しかもその間は利子を払うのであろう。つまり安くしておいた方がその意味でお主にとって得なのではないか?」
あんがいえげつないところを突いてきた。だがそれは必ずしも正しくない。
「失礼ですが、それは違います、閣下。商人というのは手元に1ハルクでも多くの金があることを好みます。伯爵様に利子をお支払いしたとしても、手元に金があればもっと稼げる事業がございます。
ですから私にとっては多額を借りて利子を多く払って、しかも多く儲けた方が得なのです」
「ほう、それは頼もしいな。それならもっと高額にしてもよいのではないのか?」
「それはそうですが、事業を拡大するならそれはそれで資金調達はきちんと考えます。こちらの方は早く始末をつけたいというのが本音です」
「わかった金額についてはそれでよい」
何とか一つ納得してくれたようだ。
「ありがとうございます。他に何かご質問はございますか?」
「うん? なにか問題でもあるのか?」
「いえ、司教様は私のこのクルーズンでの商会が潰れることもご心配されていたので」
「はっはっは。まったくあの方もお人が悪いな」
そう言われても同意もしにくい。苦笑いくらいでお茶を濁す。
「それではお買い上げいただくということでよろしいでしょうか」
「わかった。そのような方向で進めておく」
「大変恐縮ですが、いつくらいに売買できるでしょうか? いえ、つまり子爵様が手を打つ前に何とかしないとならないので」
「ああ、そうだったな。まあ3日以内にできるだろう」
正直、あまり悠長なことを言われても困る。マルクから聞いた話では子爵が手を打ちつつあるのだ。
「何とかもう少し早くできないでしょうか?」
「さすがに1億を超える支出となるとな、重臣会議に諮らないと決められないのだ」
独断専行しないのはいいが、こういう時には困る。もっとも俺の財産のことなど領主にしてみれば独断専行で片付けるほどの価値のある問題ではないことはわかる。
1億超がダメなら2億5千万を8千数百万ずつ3つの取引に分けるという姑息な手もありそうだが、伯爵は好みそうにないし、後で問題にもなりそうだ。
何となくだが3日も待ったらアウトのような気がしている。
いまここで何とかして伯爵に買ってもらうか、あきらめて司教にもっと買ってもらうか。
ただ司教も同意してくれるかわからないし、あまり頼りたくない。また足元を見られる気もする。とにかくいまこの場で決断しないといけない。




