株の売買話、司教と決着
子爵領のクラープ町で俺が出資しているドナーティ商会の出資分を領主である子爵が狙っている。
そこで出資分を子爵が手を出せない司教と伯爵に売ってしまおうとして、いま司教を説得している。
「司教様、他にご心配の点はありますか?」
「先ほど、買い戻すとおっしゃっていましたが、それはどういうご趣旨ですかな?」
「はい、私が持っていても子爵に取り上げられるだけですが、司教様ならそれはないと考え、司教様に持っていただきたく存じます。
ただこちらの株式は私が持っていた方が後々より商売が広がります。子爵の問題が片付いたのちはそれをしたいと考えております」
「はあ、なるほど。私から別の方に売るのはいかがですか?」
まったく食えない爺だ。この株が額面より高い価値があることもわかっているのだろう。
売り急ぐ必要がなければ他に持って行くのだが。
「ええ、ただクラープ町での商売は私に一日の長がございます。他の方では難しいでしょう。結局長期的には司教様にも多くのものをお渡しできるものと思います」
「わかりました」
何とかなったか。また将来布施をする約束をさせられた気もするけれど。
「また誠に勝手なお願いですが、この株式というのは議決権と言って商会の方針を決めたり、役員を送り込んだりができる権利があります。ただ商売の進展のためにも今の店主に自由にさせてやって欲しいのです」
「私どもは経営のことはよくわかりませんからな。出資に見合ったものをいただけるなら、お任せするのがいいのでしょう」
素直だと逆に怖い。ただ満足な配当を出している限り、おとなしくしているという意味なのかもしれない。
「他に何か疑問の点はございますか?」
「はい。ドナーティ商会が続かなくなっても安心ということはわかりました。ただ、さらにお宅の商会も事業の継続が難しくなったらどうなりますか?
もちろん大変によろしい商売をなさっていることは重々存じております。
ただ、私どもの資産も信者の皆様から託されているだけのもので、なかなかリスクにさらすこともできません。
もちろん増やせるのであればその方がより信仰の拡がりにつながるので歓迎すべきことですが」
しかしまあよくもいろいろ思いつくものだ。しかも言い訳まで見事に作ってある。いやもう前から使っているのかもしれない。
金儲けはしたいけれど信仰のためだ、だからリスクは取りたくないと。まあ言い分としてはもっともだ。商売人が言ったらあほだが。
ただうちが潰れる心配まで聞かれるのは想定外だった。いまここで答えを作らなくてはならない。
まったく食えない坊さんだ。考えろ、考えるんだ。そうしているうちに二言三言つぶやいてしまった。司教が気づいていないといいが。
ともかく何とか答えが思い浮かんだ。ただ整理して話すとなるとやはりちょっと難しい。とりあえず内容のないことから言い始めて、その間に考える。
「なるほど、そういうご心配はあるかと思います。しかしクルーズンのシルヴェスタ商会の経営はドナーティ商会の配当を当てにせずにやっています。
ですからドナーティ商会がどうこうなってもうちはびくともしません。もちろん同業ということでこの業種が悪ければ一緒に倒産することもあります。
ただそれはいまはそういう情勢でもありません。それにお金を貸すときは常に相手が返せないというのは想定すべきところです。その対価に利子があります」
上手く答えられたかはわからない。ただ司教は「うむ」とこぼしてこちらを見据えてきた。
「なるほど、なるほど。ご趣旨はよくわかりました。ただこれは子爵殿を出し抜くこと。そのようなことを聖職の身でしてよいものでしょうか?」
本当に食えない爺さんだ。教会が格下の貴族を出し抜くなどさんざんしていることじゃないか。そんなものはいくらでも歴史にある。
もっとも教会の教える歴史では、人々を虐げた貴族に教会が成敗を加えたことになっているが。
そうか、そう言う文脈に読み直せばいいのか。
「ドナーティ商会は、クラープ町の買い物不便地の人々に行商を行い、また助祭の方に寄進して子どもたちに読み書きを教えております。ご存じのようにクラープ町には多数の信者がいて、彼らの生活を助けているのです。
しかしあの領主殿はそんなものはいらないとうそぶいているそうでございます。ドナーティ商会がまずいことになれば、子どもたちが聖教に触れられなくなってしまいましょう」
別にこの坊さんは人々を救いたいとはさほど思っていないだろう。だが、いちおうそう言う名分が立たないと俺には協力してくれそうにない。
しかも実は領主が株を握っても直ちにドナーティ商会がなくなるかどうかはわからない。
その可能性は低くないと思うが、確定事項ではないし、いま考えるべきことでもない。だがそういう理屈がつくことは重要だ。
なおついでに言うと、俺はこの教えを聖教などとは全く思っていない。神はちっともありがたくないし、教会はその神との接触もない。
それでもさほど悪くないなら、使えるものは使うまでだ。
「なるほど。ドナーティ商会殿は御教え(みおしえ)を広めることにご尽力されてきたのですな」
「はいその通りでございます」
俺の内心は「子爵に対抗するのに司教の力が必要だ。借りた金の利子の形で利益をやるから聞いてくれ」が本音だ。
そして司教の本音は「まあ利子の利率とリスク次第だが考えてやろう。ただ大義名分は作ってくれよ」が本音だろう。
それがよくこんな面倒な会話になる物だと思う。
ともかく相互に怪しげな建前を振りかざし、実は突き詰めれば胡乱な議論の結果、俺は司教と合意することができた。
利子の方もそれなりの数字だが、商売に回せばもっと稼げる自信はある。さらに子爵のリスクを回避できる。ともかく急いで取引をすることにした。
合意の文書を作るとすぐにギフトでクラープ町に赴き、マルクに司教へ譲渡したことを伝える。そしてすぐに帳簿を書き換えてもらう。
これであとは伯爵に売る分を片付ければよい。子爵が手出しをしたところで大やけどするまでだ。
さんざん疲れて家に帰る。古だぬきみたいな司教とやりあって、家に帰るといるのはジャリのような神だ。これでも司教より偉いはずなんだが。そっちの方は無視してクロに触る。
ところが今度はクロはもらったご飯が気に入らないらしい。ご飯の前に座り込んでハンガーストライキしている。
もしかすると俺がいない間に神に美味しいものをもらっていたのかもしれない。
もうごはんはあげたから知らんよとばかりに放置するとすりすりしてくる。なんでこういうタフな交渉人ばっかりなんだろう。
俺が言うことを聞かないので結局神がまた何かいじっていた。どちらにしても俺は下でいうことを聞く立場のようだ。




