司教に株を献上する
クラープ町で子爵から事業の出資分を取り上げられそうになり、持ち株を処分することになった。
いろいろ考えてアーデルベルトとも相談して、子爵より強い司教と伯爵に担保に出すことにした。
ただしいったん譲渡して、買戻しの特約を付けておく形だ。
しかもいろいろ面倒が多い。いちいち説明しないといけないし、結構つらい。
ただ売る相手に司教と伯爵と2人いるのはいいと思う。しかもあの2人は密に連絡を取っているわけでもない。
もし頼る相手が1人だけだったら足元を見られることもあるし、そうでなくても気後れしてあまり主張しにくい。
2人がもし密に連絡を取っていたら、やはり示し合わせて向こうの都合のいい条件を押し付けてくるだろう。
その点では今の状況はいいものだ。もちろん子爵が馬鹿なことをしないのが一番いいのだけれど。
あの2人は張り合っているので、また同時に手紙を出す。どちらかが先になったときに、他方から何であちらを先にしたのかと問い詰められたときの対策だ。
同時に知らせておけば言い訳になる。手紙を出した後にどんなふうにするか作戦を立てることにした。
まずはそれぞれ無理を頼むのでいくらかは献上しないといけないだろう。株を額面で300万くらいだろうか。実際はもっと価値がある。
それに株のことも説明しないといけない。資料をかなり準備しておく必要がありそうだ。アーデルベルトとも話し合って、かなり準備する。
また先に司教の方から返事が来た。数日後の日程を指定される。伯爵より司教の方が暇なのかもしれない。
またあの腹の探り合いのようなやり取りをしないといけないのか。まあ先か後かの違いだから、先に済ませた方が精神衛生上いいかもしれない。当日になって気が重い中、司教座教会に向かった。
教会にたどり着く。いつもながら豪華な建物だ。この建物の一部は俺の何度かの献金だろう。
多数の聖職者が行き来しており、目的を申し出ると司教のところに案内される。
そして建物と競うかのように豪華な衣装を着た、やはり古い建物と同じく年季の入った爺さんにあいさつの口上を述べる。
「本日はお忙しい中、お時間をいただきまして大変に感謝いたします」
「迷えるものを導くのは教会に勤める者の役目、なにを気後れする必要がありましょうか」
そりゃたくさん金を出すから、司教がわざわざ出てくるのだ。もちろん金を出せない者でも司祭なら相手にしてくれる。
だがそれでは権力者相手には何か教会の利益にならない限り、対抗できない。
さて駆け引きをしようにも、どうやらクラープ町でのことは教会には筒抜けのようだ。
だいたい子爵自身の本来秘密にしておくべき情報が敵方の俺に漏れてくるところでどうしようもないのだ。
こちらのできる駆け引きはせいぜい伯爵もいるので、司教があまりひどい条件を出すなら向こうに泣きつくくらいだ。仕方なく正直に話す。
「それでは早速ですが、司教様のお力におすがりしたいと存じます。」
「はてわたくしで、商いをしている方のお助けになりましょうか?」
相変わらず言質を取られないような言い回しだ。
「はい、以前よりご相談しておりましたが、クラープ町の商会に出資をしております。ところが領主である子爵が私の出資分を取り上げようとしております」
「それは確かなことなのでございましょうか?」
子爵がトンチンカンなことをしてそれに反対する幹部が秘匿すべき方針を漏らしている。ところで子爵領も司教の管区で俺より司教の方がむしろ詳しいのではないかと思う。
「ええ、残念ながら確かな筋からの情報です」
「そうですか。それは難儀なことですな」
司教は無難な文句でターンをこちらに回した。ここでまず株を献上してしまおう。3枚の株式を提示する。
「さてこちらに株式というものがございます。こちらを教会に寄進したいと存じます」
「どのようなものかわかりませんが、ご厚意はありがたく頂戴いたします」
多分知っているだろう。クラープ町の商人たちはうちの株を持っている。俺の情報を集めていた司教が俺が作った株について知らないはずはない。
だが本人が知らないと言っているのだから、知らないという前提で話を進めるほかない。知らなくてももらうところはいかにもこの人らしい。
「こちらの表面をご覧ください。金額が書いてあります。100万ハルクとなっております」
「こちらは100万ハルクの証文でしょうか?」
カマトトというのはこういうのを言うのだろう。
実をいうとそれは額面だ。額面というのは商会設立時にそれだけ振り込んだという金額だ。
さらに面倒なことを言うと旧シルヴェスタ商会と旧ドナーティ商会の合併時に資産を合わせて株式を発行したので、払い込みはしていない。
あえて言えばシルヴェスタ商会設立時に金を出したくらいだ。
だから合併時の旧シルヴェスタ商会の資産にあたる金額分の株式を発行するのに、適当に額面を分けて発行したというのが本当のところだ。
出資のことや株の制度のことなど事細かに説明する。忙しい人相手にこんなことを話せるのは献上しているからだ。
目の前の司教は表情も変えずに説明を聞いている。
基本的に聖職者は大変に学問に精通した者たちだ。そして司教ともなれば世間にも通じている。俺がこれから話すこともとっくに知っているのではなかろうか。。
何か説明しているというより、口頭試問で試されているような気もしてくる。こんなことしなくてはいけないのもあの子爵のせいだろう。
しかも何で金を出す方が緊張しつつ話しているのだろう。目の前のが食えない爺さんで、場所がアウェイの上にやたらに金がかかった調度があるからの気もする。
そんなことを思いつつ、話を続ける。




