クルーズンで出資分の処分の相談
クラープ町で出資しているシルヴェスタ・ドナーティ合同商会について、俺を目の敵にしている領主が俺の出資分を取り上げようとしているらしい。
そんなことはもともとすべきでないし、もしどうしてもするなら秘密裏に迅速にすればいいのに、あの無能領主ではそんな考えには及ばないらしい。
けっきょく上の方でもめて、俺のところまで漏れてきてしまった。あとはさっさと売り払うまでだ。
出資分は法律では貸金であり、商会の内規では株式となっている。これを売り払うにあたって、クラープ町の商人には売れそうにない。
彼らはあまり資金に余裕がないし、だいいち買い取ったら領主から俺の財産隠しを手伝ったとしてにらまれて取り上げられる可能性がある。
売るとなると、クルーズンで売るほかないだろう。ただ株というのは値段の決め方が難しい。市場があれば簡単だ。
その株を買いたい人と売りたい人が折り合う値段にすればいい。だが株など俺がつい最近クラープ町で「発明」したばかりで市場などあるはずもない。
それ以外に額面というのもある。株式の表面に書き込んであり、初めに出資したときにそれだけ払い込んだ金額だ。ただそれが今の値段かというとそうではないのが本当だ。
だいたい株を全部握れば商会の資産を全部処分できる。つまり資産の持ち分のようなものだ。だから商会が上手く行って資産が多ければ額面より高いし、まずくて少なければ低い。
ただそれだけで決まる物でもない。商会を解散させるならともかく、そんなことはめったにない。商会が利益を出したら、それに応じて配当を出す。
上手く行っている商会なら高配当を出せるので株の価値が高いし、まずい商会なら配当が出せず株の価値は低い。
もちろん上手く行ってないのに経営者が無理をして配当を出すこともありうるが、そう言ったものも含めて本来は市場で判断される。
それで何が問題かというと、あちらの子爵領主に睨まられている状況で、そんな面倒がからむ株を引き取ってくれる人に納得してもらえる値段を示せないことだ。
実際には商会は上手く行っているので、額面より高い価値があるはずだ。潰れそうにない商会で、額面からするとかなり良い配当が出せる。
だけどそう言うことを説明しきれないとすると、額面で引き取ってもらうしかない気もする。
それに実はこの株には難点もある。つまり子爵領主に睨まれていて、何をされるかわからないことだ。下手をすれば買い取った人も取り上げられる。
しかも商会の経営は悪くないが町自体は左前だ。もちろんそれも全部領主が悪いのだけれど。
こうなるとこちらには損だがもう額面で引き取ってもらうしかない気もする。
実際に取引先やクルーズンの商業ギルドでめぼしい人に1株当たりの資産をいいつつ打診してもあまり反応がよくない。
商会の経営状況なども説明するが、領主に睨まれているということでやはり尻込みしてしまう。
ブリュール氏をはじめ取引先などは買ってくれたが、それでもそれぞれ数百万単位だ。利率は相当いいはずなのだが、やはりリスクが怖いのだろう。
俺との付き合いでとか、とりあえず安全な範囲で手を出した程度だ。俺の出資分は数億あるのに、けっきょく3000万余りしか売ることができなかった。
クルーズンのシルヴェスタ商会の幹部たちとも話してみる。シンディ・マルコ・アラン・ジラルド・カミロ・リアナ・ギルマン(アーデルベルト)が並ぶ。
ただ彼らもすでに株は持っているし、そんなに買い増すほどの資金力もないはずだ。それに子爵領主に対して強く出られるわけでもない。
「あの阿呆がいなければいいんだけどなあ」
「そりゃあの阿呆がいなければこの株を引き取る話もなかったわけで」
「どうしたものですかね、あの阿呆相手に」
「だけど急がないといけないですよね、阿呆が何かしそうだから」
「誰かあの阿呆より強い人相手に売るならいいんでしょうけど」
実はそれは俺も考えていた一つの答えだ。つまり子爵より強いとなると、クルーズン司教とクルーズン伯爵となる。
子爵が平民相手に強権をふるってまかり通るのはありうることだが、司教や伯爵の財産を取り上げるような真似はさすがにできない。
もちろんあれはバカで信じられないことをしでかすが、それだけに動物的な力の強弱くらいはわかっていると思う。
だいたい下手をすれば争訟やもっとひどければ戦争になりかねず、彼の破滅につながる。
「やはりそれかあ」
「え? 何かあてがあるんですか?」
「だからあの阿呆より強い人だよ」
「え? あ! 司教様と領主様か!」
アランが叫ぶ。おちゃらけているわりにはちゃんと様をつけている。俺だと司教と領主と言ってしまいそうだ。
「え? どういうこと?」
シンディに聞かれて答える。
「つまりさ、司教と伯爵に売ってしまえば、子爵が取り上げようとしたって突っぱねられるよね」
「ふーん。なるほどね。だけど司教様や領主様が買ってくれるの?」
「それはまあ、頼んで引き受けてもらうしかないだろうなあ」
俺の言い方が何か奥歯にものが挟まったような物言いだったからか、マルコが聴いてくる。
「何か問題でもあるの?」
「うーん。頼めば引き取ってもらえると思う。だけどこちらから頼み事するとなると借りを作ることになるし、一部は献上しないといけないだろうなあ。
しかも額面でしか引き取ってもらえないだろうけど、実際はもっと価値があるからけっこうな損なんだよなあ」
「そうかあ。確かにそううまくはいかないか」
「でも子爵に取り上げられるよりはまだましだからなあ」
みんなで悩んでいるところにアーデルベルトが話しかけてきた。
「ちょっと考えたことがありますが、今後も持っていたいわけですか?」
「それはね。長い目で見たら少しずつ他人に分けていこうと思っているけど、まだしばらくは持っていたいよ」
「それでは担保にさし出したらどうですかね?」




