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(家宰)無能な領主がゴマすり部下に権限をゆだねる

 私は子爵領の家宰のイグナシオ。御館様は私に含むところがあるようだ。シルヴェスタの扱いで意見が合わない。


私が見るところ、というより少しは骨のある役人はそう見るが、シルヴェスタは傑出した商人だ。明らかに社会に良い影響を与えている。



 だが御館様はそう見ない。それは単に御館様の取り巻きのつまらない商人たちが彼を一方的に嫌っているからだ。


それに影響されて、御館様もシルヴェスタを評価しない。評価しないだけならまだいいが、御館様も彼を嫌っている。


いやそれだけならまだいいのだが、明らかに不公平で不当な扱いをしようとしている。これはさすがに困る。



 御館様は彼を拘束して取り調べたいらしい。だが彼は子爵領での商売に限界を感じてクルーズンに行ってしまった。


せっかくの傑出した商人をみすみす逃してしまったのだ。収集している情報では向こうでも相当な活躍だ。


冷蔵庫を発明した。それだけならたまたまの幸運と見ることもできるが、さらに驚くことをしている。


冷蔵庫を利用して冷蔵流通ルートを確立しつつあるらしい。先の結果はわからないが、目の付け所が並大抵ではない。


クルーズン司教の覚えがめでたく、伯爵とも面識があるようだ。


並大抵の商人ではない。しかもまだ成人前で、商売を始めて5年とたっていないというのだ。




 私がシルヴェスタの拘束に難色を示しているためか、御館様はウドフィを起用してシルヴェスタを捕まえさせることにした。


だがウドフィは恐ろしく無能だ。だいたい彼が成り上がってきた理由は、まったくゴマすりに過ぎない。


ゴマすりと馬鹿にするなかれ、ゴマすりは人類の歴史以前から、というより人類以前の時代から続くきわめていにしえにつながる行為だ。


そしてそれは長く有効だった。ゴマすりをするものはたいてい取り立てられてよい待遇を受けられる。



 ただ私は思うのだ。記述としてつまり今そうあるという意味でゴマすりが有効であることは正しい。だが規範としてつまりあるべき姿としては正しくはない。


ゴマすりで成り上がるなど排除されるべきだ。ゴマすりが力を持つなどということは、世の人々の不幸につながりがちだ。


世にまかり通っているものを見て何か見つけたつもりの愚か者は、広く行われていることをすぐにあるべき姿と誤認する。


自分の損になってまで排除しろとまではいわないが、せめてそれを褒めそやすのはやめた方がよい。



 ウドフィの無能ぶりは定評がある。だいたい彼の下僚で彼をよく言う者はいない。彼のことを聞くと、だいたいみな当たり障りのないことを言う。


だが身近の部下を使って探らせると評判は散々なのだ。上にこびへつらい、下には厳しく、まったく何もわかっておらず、それでいて自分は人を動かす立場にいると信じ込んでいるという。


もちろん仕事も無茶苦茶で、すべて回りがしりぬぐいしているという。




 ウドフィは御館様から命令を受けて簡単に請け負ってしまった。「お任せください」などと自信満々のようだ。


それを成功させて出世したいと思っているのだろう。彼の出世は部下にとっても人々にとっても不幸でしかない。


だがそれは困難なはずだ。そもそも出頭を命じるべきでないことを差し置いたとしても、シルヴェスタはクルーズンにいるのだ。


そして司教や領主と言った有力者とも懇意だ。これでなんで捕まえられるのだろう。




 案の定、ウドフィは有効な対策が打てない。御館様の手前、大口をたたいていたが、実務は何もできないのだ。


何か考えがあったわけでもないらしい。ただ出たとこ勝負でクラープ町に行けば何かできると思ったようだ。


だいたいクラープ町はもはや領都系の商会はなく、地元組が領都に恨みをたぎらせていて、協力など期待できないというのに。



 御館様にせっつかれて焦ったウドフィはクラープ町の役場でとにかく下僚に命じて情報を集めさせた。


そこで彼がシルヴェスタ・ドナーティ合同商会で取締役という立場にあることを知ったようだ。


聞きなれない役職だが、出資者から委託を受けて経営者を監督する立場だそうだ。そこで報酬が出ているに違いないと踏んで、それを差し押さえることにしたとのことだった。


「いまに見てください。シルヴェスタめを兵糧攻めにして見せます」


ウドフィは御館様に安請け合いし、ろくにわかっていない御館様も喜んで聞いている。


だがシルヴェスタはもうすでに大都市クルーズンの中堅どころの商会の商会長だ。クラープ町の商会の一役職の報酬を奪われたところでさして痛くもないと思われる。


どうなるものかと様子を見ていたが、一向にウドフィからは報告がない。



 御館様からはまだウドフィからの連絡はないのかと毎日のように問われる始末だった。


仕方がないのでクラープ町の役場に問い合わせてみても、あいまいなことしか言わない。


けっきょく人をやって聞いてみると、シルヴェスタは取締役を辞任して、報酬を差し押さえることはできなかったという。


兵糧攻めなどと言っていたが、シルヴェスタにとってはなくなっても大したものでもなかったのだろう。


しかもそれがわかったのは3週間も前だというのだ。さらに悪いことに、クラープ町の商人たちは彼の辞任に納得していないらしい。


要するに領府の評判が悪くなっただけなのだ。



 御館様はかんかんで、ウドフィは早速呼び戻される。


御館様は激怒してウドフィを面罵する。

「この馬鹿もんが。大口叩いて、出し抜かれただと! 領府の威厳を損ないおって」


ウドフィもろくなものではないが、御館様もまたろくなものではないと思う。


御館様に怒鳴りつけられて、ウドフィはすっかり小さくなっていた。


だが意味のない単調な叱責に慣れてきたらしい。また口から出まかせを言う。


「シルヴェスタめは、例の商会に金を貸しています。今度はその利子を差し押さえます。今度は逃れられないでしょう」


御館様は他に手がないからか、いちおう手段が見つかったからか、簡単に飛びついてしまう。頼んではならないものにすぐに頼んでしまうのだ。


そしてまたウドフィに仕事を任せてしまった。ますます悪くなることが目に見えているというのに。


あれが何かすればするほど領のためにならないというのに、困ったものだ。


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