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(家宰)領主のフェリス呼び出し

 私は子爵領の家宰のイグナシオ。領都ゼーランで領の政務を扱っている。最近は御館様の覚えがめでたくない。


理由はクラープ町にいた子どもの商人であるシルヴェスタの扱いについて意見が対立しているからだ。


私が見る限り、シルヴェスタは商人として妥当な行動をとっているし、社会にも良い影響を与えている。


不道徳なまねをしているわけでもない。ただ彼の発想はあまりに斬新で社会をあまりにも大きく変えてしまう。


それでついて行けない者がいる。




 そうは言っても弱者を虐げているわけでもない。むしろ弱者のハンデを和らげることが多い。


彼の行動によって被害を被っているのは、旧習にあぐらをかいて儲けていた商人たちだ。


そして悩ましいことにクラープ町の領都系の商人ばかりだ。




 彼がいてくれれば領の経済はもっと活性化しただろう。


ずっと続いている人の流出も少しは収まった可能性が高い。


しかし彼は御館様の狭量に愛想をつかし去ってしまった。




 御館様が彼を目の敵にするのは、単に取り巻きの商人たちが彼を目の敵にしているからに過ぎない。


つまり御館様にいささかばかりの金品を上納し、便宜を図ってもらっている商人たちに迎合しているのだ。


商人たちも御館様も領全体の繁栄など視野に入っていない。己たちだけが儲ければそれでいいのだ。


いやむしろ他人より多くなるのが望みであって、もしかしたら他人を蹴落とせれば自分は儲からなくていいと思っているのかもしれない。


あまりに品性がなく無教養で愚かしい。





 その御館様がまた取り巻きの商人にそそのかされて、シルヴェスタの出頭を求めてきた。


「ときにクラープ町のシルヴェスタだがあまりに身勝手な行動が目立つ」

「はあ、そうでございますか」


本当は反論したいところだが、反論すれば無茶苦茶な理屈で畳みかけてくるのでやり過ごすに限る。


「まったくそんなことも知らんのか。そんなことだからクラープ町はおかしなことになっておるのだ」


何も知らないのは御館様だ。だいたい私がクラープ町のパラダ以外の商会が連鎖倒産に巻き込まれないようにパストーリと一緒に尽力したというのに後から鉄砲撃つような真似をして全部ダメにしてしまった。


そのせいで領都系の商会はすべて倒産したのだ。とはいえ、そんなことはここにいる限りいえない。


「大変申し訳ございません」


「それでだな。シルヴェスタを出頭させよ」

「はあ。ただ……」


「ただ、なんだ?」

「つまりシルヴェスタはすでに出領してクルーズンに移っているようでございますが」


「なっ、なんだと!」


まったく何も知らないらしい。どうせモナプだの取り巻き商人あたりの耳打ちが情報源なんだろう。


いやまともな報告書だって出しているのだが、ろくに読んではいまい。


だいたい当人の都合の悪いことを聞かされると露骨に顔をしかめるのだ。




 御館様の言うクラープ町のおかしなことは実際は領都系の商会の失態の結果だが、そんなことを書いた報告書など無駄紙としか思っていそうにない。


いい加減な連中があんなものは時代遅れだとか意味がないなどというのを簡単に真に受けてしまう。


長い時間かけて体制を整えて、人も育てて、積み重ねてきた報告書より、利害関係者の思い付きのおしゃべりの方が楽しいらしいのだ。


「ええい、奴が残した商会があっただろう。あれをどうにかしろ」

「はあ、実はあれは紹介をクラープ町に元からあった商会に譲り渡したようでございます」


シルヴェスタ商会はクラープ町に元からあったドナーティ商会に譲り渡し、シルヴェスタは出資者になっている。


実態はシルヴェスタが持っているようなものだが、法的にはあくまで金を貸しているだけに過ぎない。


「なんだと!」

「ええ、シルヴェスタはドナーティに商会を委ねました」


それで御館様は攻め口を見失ってしまう。


「何かないのか! シルヴェスタを懲らしめる方法は」


だからシルヴェスタが何か罪を犯したとか著しい不道徳を犯したというなら懲らしめるというのもわかるが、単に領主の取り巻き商人と対立したからと言って、領主が懲らしめるのもおかしな話だ。


しかも彼はいよいよまずくなれば完全に当領と縁を切ってクルーズンに逃げてしまえばよい。


そうなれば彼に頼っている郵便も行商も全くなくなってしまう。まったく勘弁してほしい。


「とりあえずそのような方法はないかと……」


主人に度量があれば懲らしめようとしても逃げられるだけだと本当のことを言うが、それがないのに正論を言っても仕方ない。


「まったくそんなことも思いつかないのか。ウドフィを呼べ! あれに任せる」



 ウドフィは無能で下僚にも町の商人たちにも呆れられているのだ。ある意味御館様に似ている。


法も制度も知らず、現状も知らず、長期的な見通しもなく、公正さもなく、とにかく目先の利益だけで動くのだ。だから御館様にはすぐに迎合する。


それでよく気が合うのかもしれない。あんな馬鹿に任さたらろくなことにはならないのだが、逆らうことはできない。


ウドフィが呼ばれて御館様から頼まれると、軽々しく「お任せください」などと言っている。またあれの無能ぶりに周りが迷惑するのだろう。


この領は完全に頭から腐っている。まったくどうしたらいいのか。

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