ウドフィに辞任を伝える
子爵領のクラープ町で、俺のことを気に入らない商人たちが領主に頼み、俺から金を取ろうとしている。領主は無能な部下のウドフィに命じて俺を出頭させようとしている。
俺が他領にいて応じないので、ウドフィは俺がクラープ町の商会でついている取締役の報酬を差し押さえようとした。それに対し、商会では俺に辞任勧告をした。
それは奇妙な会議だった。マルクが俺を取締役から辞任するように求め、その理由をみなに説明する。俺はそう言われてもニコニコしている。
「取締役のシルヴェスタ氏ですが、領府からの呼び出しに出頭せず、今回報酬の差し押さえが言い渡され、商会に迷惑が掛かっております。
この不祥事に対して解任は株主総会しかできませんが、まずは氏に対して辞任を勧告いたします。
なお辞任した場合の副次的な効果として、領府が差し押さえる報酬がなくなります」
取締役辞任について他の取締役からいろいろ聞かれるが、マルクに答えたことを繰り返すのみだ。
他の取締役たちも要するに領府に金を払いたくないための措置だとわかっている。
同僚に辞任勧告するなど、本来ならヒヤヒヤしていたたまれない場面だが、もはや辞任するさせる方も方もニヤニヤしつつ、俺は勧告に従った。
「お話承りました。確かに辞任いたします」
辞任する旨の文書をかいてマルクに渡す。同僚の取締役は
「なるほど、辞表というのはこう書くものですか」
などと話している。
本当に俺が不祥事を起こしての辞任勧告なら、そんな言葉は攻撃でしかないのだが、全く和気あいあいとした冗談だ。
さてこれで差し押さえをすると意気込んでいたウドフィはどうなるのだろう?
数週間してウドフィがまた社屋に現れ、マルクを難詰している。自信にあふれ、こちらに正義ありとばかり、居丈高だ。俺はまた隣の部屋から覗いている。
「シルヴェスタは領府からの呼び出しにも応じず、報酬分の差し押さえとなったはずだ」
「はあ、そのように伺っております」
「しかしまだ役所の方に収めたとの報告は受けておらん」
「ええ、その通りでございます」」
いつも話がよくわからないまま結論を急ぎたがるウドフィにしては何かもったいぶっている。
強い立場で弱い者をいたぶっている感覚でも味わっているのだろうか。
「そこまでわかっていながら、なぜシルヴェスタへの報酬分を領府に納めないのだ!」
だがマルクは粛々と答えるばかりだ。
「はい、シルヴェスタ氏ですが、領府に出頭しないという大変けしからん状態でございます。これについては当商会でも問題視いたしました」
けしからんというのが気に入ったのかウドフィは嬉しそうに納得している。
そこにマルクの次の言葉が突き刺さる。
「そこで当商会の取締役会でも問題視され、取締役としてはふさわしくないということになりました」
「なるほどな、もっともだな」
「そこで取締役を解任しようかと考えました」
「うむ、あのような者が重役についているのはいかにもまずい」
「ところが当商会の規定では取締役の解任については株主総会つまり出資者の会議で決まります」
「ふん、それで」
「シルヴェスタ氏は出資が多く、その会議でシルヴェスタ氏の解任は難しいのですが、あのような方に商会にいていただくのも困りものです」
「それは困ったものだな。辞めさせられないのか」
いつの間にか趣旨が報酬の差し押さえから俺を辞めさせることに入れ替わっている。ウドフィは俺憎ししか考えられずに、気づかないのか。
「そこで辞任を勧告したところ、本人がそれを受け入れました。つきましては本人辞任のため報酬が発生しておりません」
あまりにややこしい理屈にウドフィは目を白黒させている。
「何だ? 結局どういうことなんだ?」
「つまり領府に逆らってけしからんから辞めろと言ったところ、本人が辞めたということです。うちから彼にお支払いするものはありません」
「うむ……、なるほどな」
ウドフィはこんらんしている。
「つまりどういうことなんだ?」
どういうこともこういうことも、差し押さえについては払う物がないので払えない。俺は辞めた。それだけだ。
「ええ、ですから彼はもう当商会の取締役ではないと」
「それで差し押さえる報酬はどうなったのだ?」
「ですから、当商会の取締役ではないので、当商会から彼に支払うものはございません」
何でそんなことがわからないのだろう。ウドフィは混乱していたが、何とか理解したのかうなだれた。そしてどうやら当てが外れて苦虫をかみつぶしている。
あんがい差し押さえた金はウドフィが懐に入れてしまう予定だったのかもしれない。しかも高額報酬だと思い込んでいた可能性も高い。
ウドフィがとぼとぼと帰った後に、隣室から出て来てマルクとあの阿呆を笑い飛ばした。
とりあえず今回は一息吐けた。だが、またくだらないことをしてくるだろう。
それまでにまた新しい手立てを考えなくてはならない。




