クラープ町の商人に司教の書付を見せたりする
クラープ町のある子爵領の領主からの呼び出しについての対応策を考えている。
基本的にはのらりくらりとかわすまでだ。俺自身はもうクラープ町からは手を引いてしまってもいいと思っていた。
だがマルクをはじめクラープ町の商業関係の面々はそう言うつもりはないようだ。
そしてどうやら一緒に領主に逆らってくれるらしい。ここでお前ひとりで逆らえなどと言われたら見放せばいいのだが、そうもいかなくなってしまった。
話し合いや会議では具体的に対抗手段も聞かれた。
「何か対抗手段はあるのか?」
「実はまだ領主が何をしてくるかわからないので、どう対応したらいいのかわからないんですよね」
「まあでもろくでもないことをしてくるんだろうな」
「それはたぶん領都系の取り巻きの商会の利益のためにうちの資産を取り上げることでしょうね」
「まったくあいつらときたら」
クラープ町の取引先や株主がこちらに協力的なのには理由がある。
ずっと領都系の商会と土着系の商会で競ってきたが、領主やそれの意を受けた役所は領都系を優遇し続けてきたのだ。
初めは露骨に領都系を優遇していたらしい。さすがに苦情が出るとまた陰険なやり口を考える。
一件公平に見える制度でも事実上は領都系だけが使えるような制度を作るなどしてきたそうだ。
何か前世でもあったような気がする。人の考えることは変わらないのか。
だいたい差別というのは差別する方は鈍感だが差別される方は敏感だ。
優遇されている方が大したものをもらっていないと思いつつ、冷遇されている方は1つ1つに恨みを持つ。
それが積もり積もった結果が今の状態だろう。
そこに来て例のパラダ騒動のために一気に領都系が失墜したので、二度と元には戻すまいとしていそうだ。
パストーリ氏や町の商人と話す中で対抗する手段について聞かれたこともあった。正直そこまで準備はしていない。
いちおうその頃には子爵への対抗のためにクルーズン教会の司教にも伝手を作ってあり、書付などももらっていた。
「シルヴェスタさんには領主たちに対抗する方法は考えているんですか?」
クラープ町の人たちも陰に日向に逆らっているとはいえ、俺みたいに露骨には狙われていない。
それに俺が崩れると領主か領主の取り巻きが出資することになりかねないので気になるのだろう。
「いちおうクルーズン司教様とはお会いしております」
「おおっ、司教様と」
「それは頼もしい」
いや頼もしいかどうかはわからない。お布施次第の気もするし、もしかすると子爵に金払った方が安く済むかもしれない。そんなことはしないけれど。
「司教様はどれくらい目をかけてくださっているのでしょうか」
パストーリ氏から聞かれる。
「ええ、いちおうこういう書きつけはくださっています」
「こんなものまで」
「たいへんありがたいものです」
本当にそうなのかな? こちらが今後も金を出せそうなら助けてくれるだろうが、どこまでかはわからない。
「確かにそれはありがたいものですが、めったに出さない方がいいでしょう。
領主側も司教が後ろにいることを知ればそれに対応したことを考えるでしょうから。
こういうものは肝心な時に出すに限ります」
パストーリ氏から言われる。やはり見ているところが違う気がする。ともかく司教の件はあまり表に出さないことになった。
この書付がどこまで有効かはわからないが、少しは町の商人を安心させる効能はあったようだ。
何か神社仏閣でもらうお守りみたいだ。
ところで最近家でクロを抱き上げると、横向きなのに、手を振り回して猫パンチをするようになった。
明確な攻撃の意思はなさそうなのだが、だいたいすり寄ってきてだかれに来るくらいなのだが、何か気に入らないことでもあるのだろうか。
ときどき爪が顔に当たっていたいというほどでもないのだが、ちょっと困ったものだと思う。
しつけなんかしようものなら、あの神に何をされるかわからない。
ただ何となくおっとり育ち過ぎのためか、それとも攻撃の意思がないからなのか、けっこうのろい。だからよけようと思えば簡単によけられる。
というより顔を背けるのが面倒なので、抱いている手を前に出して顔から遠ざければいいのだ。
しかしなんで猫パンチなんかするようになったんだろう。またあの神がろくでもないことを教えたのだろうか。
「おい、クロが猫パンチするんだが、なんかつまらんこと教えたのか?」
「クロ様に教えるなどということはあろうはずもない」
そういえば、こういうやつだった。
「じゃあなんで猫パンチなんかするんだ?」
「お前さんがなにかろくでもないことをしてクロ様がお気に召さないんだろう?」
その後もやり取りしたが、どうも神は関わっていないらしい。
仕方なく抱くときに顔から遠ざけて対応していた。それでクロの方は満足しているのだが、神の方がいちゃもんをつけてくる。
「何でクロ様が愛のむちをふるってくださるのにお受けしない?」
「そんなもの受けられるか! だいたいあんたは受けるのか」
「あたりまえじゃないか」
これと話していても仕方ないと思った。




