100. アンナの留学
セレル村に里帰りしてもう一つ気になることと言えばワインの製造がある。4つ上のアンナに任せている。アンナの家に行ってみる。
「お久しぶり」
「フェリス君、久しぶり」
「調子はどう?」
「ずいぶんと量が増えてきたわ」
確かに桶や道具などが増えている。
「本当に前よりずっと大きくなっているみたいだ」
「村の人には喜んでもらっているし、やりがいはあるわよ」
ただ何かから元気に見える。ちょっと聞きにくかったがその辺を聞いてみる。
「なにか上手く行かないことでもあるの?」
「いや、順調よ」
そう言いながら、何か言い淀んでいる感じで、ちょっと気になる。
「そうだ、前に話していた留学の件だけどどう?」
そう言うと少し押し黙ってしまう。やはり何か悩みがあるようだ。
「それも考えたんだけれどね、いろいろ難しくて」
そう言われて正面から聞き返すのはちょっとやりにくい。正面からは聞かずに他のことを聞いてみよう。
「留学したら何かできそうなことがありそうなの?」
そう言うと、少し間をおいて答えが返ってきた。
「いまのやり方でいいのかって悩むの。村のみんなには喜んでもらっているし、町にも出しているわ。だけどもっといいやり方があるんじゃないのかって」
アンナは基本的に村にずっといる。文献などは取り寄せているらしいが、外から入ってくる情報はそれだけだ。
アンナのワインはクラープ町では売られているが、そこまでだ。それ以上広がりそうにはない。もっと上に行こうとすれば、やはり本場で学ぶ必要がある。
「もし外で勉強したいならすればいいじゃない?」
「でも私は……」
「女だからはなしで」
前世の日本でも女子の進学には消極的な親が多く、しかも下宿などはさらに消極的な傾向が多かった。ただ進学するかどうかに本来は性別など関わるべきではないはずだ。
「お金かかるでしょう。家には負担をかけられないし。父にそれとなく話してみたことがあるの。そうしたらお金は出せないって」
お金は出せないという言い方は、お金さえあれば留学に行ってもいいという意味に取れる。
もしかするとお金があっても留学自体が反対なのかもしれないが、そういう言い方をした以上は逆手に取ってしまうこともありうる。
「そんなお金は出すよ」
そう言うとアンナは驚いたような顔で見返してくる。
「でも悪いわ」
「いやこれは投資なんだ。出世払いでいいから。もし失敗したら請求しない。逆に大儲けになったら、貸した分よりたくさん返してもらうから」
「でも失敗したらフェリス君に悪いわ」
「そんなことないんだって。もしアンナさんが留学してものすごくいいワインを作れるようになったら、うちの商会の儲けはずっと大きくなるんだから。これは本当に投資なんだ」
「うまく作れないかもしれないわよ」
「だから投資なんだ。投資だからかけたお金よりずっと大きい金額が帰ってくることもある。一方で投資というのは失敗することもある。
だから成功するかどうかわからない投資は少ない金額にしないといけない。アンナさんの留学費用くらいならうちの商会から見たらそんなに大きい金額ではないから」
クラープ町からクルーズンに移ったときは数億規模の資産だったが、いまは10億をはるかに超えて、数千万の投資も年に何度も行っている。留学費用の数百万など日常的なものだ。
そう言うと彼女はしばらく考えて、決意したように言う。
「行ってみたいわ」
相談がまとまって、次はアンナが親に話すことになった。ただそちらもあまりうまくはないようだ。
翌日に行ってみると両親とアンナが難しそうな顔をしている。
「昨日アンナから聞いた話だが、見送ろうかと思う」
「なんでですか?」
「親としては不安なんだ」
「でもアンナさんはいまのままでは上手く行かないと悩んでいますよ」
「あんたを信じないわけではないが、やはり大金が絡む話は怖い」
「アンナさんからは十分に稼げるようになったら返してもらいますが、そうでなければ返さなくて結構です」
「そんな都合のいい話があるか。後になってやはり返せと言われても困る」
「私はクルーズン市の氷魔法使いにはそういう条件でしています。氷魔法使いはある程度研修してみないと資質の有無がわからないので、うちでお金を出して研修させます。資質がない場合は全部うちで負担しています」
「そんなんでやっていけるのか?」
「ええ、その代わり資質があった場合は本人はそれなりには儲かりますが、大儲けはできません。その分はうちが儲ける仕組みです」
「なんでそんなことをしているんだ」
「こういうことは当たりはずれがあります。だけど人生をギャンブルにしてはいけないんです。それでも賭けた方が世の中の多くの人にとっては得になります。
だからたくさんの人を集めて大損する人が出ないように、ぼろもうけしすぎる人も出ないようにしています」
「だけど後からやっぱり返せというのは」
「ちゃんと契約書を作ります。契約書はあなたの信頼できる人と相談してからサインしてくれれば構いません」
かなりシビアなやり取りとなる。そこでもう1日考えさせてほしいと言われる。もう1日待って、けっきょくアンナの行きたい気持ちが勝ったらしい。
契約書を渡し、精査してもらう。最終的にはうちが数百万出して留学に行くことになった。
アンナが返し始めるのはアンナのワインづくりの収入が500万を超えてからとする内容だ。
そんな感じでワインの方も一歩進展があった。
これでこの章を終わります。
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仕事が忙しくなってきたため、申し訳ありませんが更新頻度を週3回火木土にします。
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