アンセンの母親来襲
冷蔵流通を行うために冷蔵庫を開発し、氷魔法使いを養成した。それを使ったシーフードの輸入の成功を見て、よその商会がうちの氷魔法使いを高給で1人引き抜いた。
氷魔法使いの名前はアンセンという。だがうちが上得意になっている大型船の舟運会社がアンセンの乗船を拒否して、アンセンは完全に浮いてしまった。
高給と言っても実は短期契約だったため、引き抜いた商会はアンセンを簡単にお払い箱にしてしまう。
アンセンの母親が市議を使ってうちに再就職をねじ込んできたが、領主の書付を見せて撃退した。
それで終わりだと思っていたが、残念ながら続きがあった。今度はアンセンの母親自らアンセンを連れて乗り込んできたのだ。
そうなのだが、なんというか様子が変なのだ。いやもちろん乗り込んでくるだけでも十分に変なのだが、それに加えてかっこうや言動が変なのだ。
何か鶏ガラのような背格好で、精一杯の高そうな服や装飾品を身に着けてきた感じだが、何かちぐはぐだ。しかもかなりオールドファッションなのだ。そして出だしからトンチンカンなことを言う。
「あんたみたいな子どもじゃなくて、商会長を出しなさい」
それに対して息子が耳打ちしている。たぶん俺が商会長だと伝えたのだろう。
「こんな子どもが商会長だから、おかしな判断をしたのね。あたしのむちゅこたんのことについてお話があります」
「はあ?」
「まったくあの市議というのも何の役にも立たないわね。おかげであたしがこんなところに来なくてはならないじゃない」
ぶつぶつと独り言を言っている。市議も馬鹿だったと思うが、こんなおばさんに馬鹿にされるほどでは……あるかもしれない。
それでも気の毒な気もする。立て続けにくだらない応対をしなければならない俺ほど気の毒ではないにしろ。
「あんたは前にむちゅこたんを引き留めていたというじゃない。戻ってやってもいいわよね」
そう言ってアンセンの方を見る。あ、母親もアンセンだった。2人だけ見てそう言うのもどうかと思うが、もうアンセンと聞くと危ない人だと思い込みそうで怖い。
息子の方は母親に当てられているのか、ふんふんと同意する。
だがこちらは正直言ってお断りだ。性格も悪いし面倒を引き起こしている。それを埋め合わせるくらいすごい仕事でもできればともかく、そんなこともない。
「いや別に戻ってこなくていいです」
「氷魔法使いがどんどん出て行ったらあなただって困るでしょう?」
「それがですねえ、出て行ったのはアンセン君だけだったんですよ」
「氷魔法の使い手が来てやろうと言っているのに」
実はあの後も氷魔法使いが育ちつつあり、不足は解消しつつある。足りない間だけ短期で雇って使い捨てることも考えたが、そこまでする必要もないように思う。
「まあどうしてもというなら月に15万なら雇ってもいいですけど」
「なんでそんな金額になるんです? 氷魔法使いは30万からでしょう」
「契約は自由ですかからね」
やや嫌味だが前にアンセンの言ったセリフを使ってやった。だが息子の方はもう忘れているのか何もこたえていない。
ちなみにうちはやや勤務がきつかった時もあったが、それは休日がないだけで勤務時間は1日8時間だった。そちらの方はブラックにはしていなかった。
長時間労働は体を壊すからだ。そして待遇の方はしっかりしていた。休日出勤がなくても最低でも月30万、一番忙しいときは3倍で90万出していた。
「どうしてもうちのむちゅこたんを採らないつもり?」
「ええ、必要ありません」
「子どものころから優秀だったのに。教会学校でも司祭から褒められていたのに」
そんなことは知ったことじゃない。アンセンだけでも嫌なのに、こんな母親がセットでついてくるとなればなおさらお断りだ。
「過去のことは存じません。いま現在問題を起こしているから、採用したくないのです」
「むちゅこたんが何の問題を起こしたというの?」
「うちから奨学金を得て氷魔法を習得して、すぐによその業者に転職しました」
「そんなの奨学金で縛る方が悪いんじゃない! 契約は自由でなくてはいけないのよ」
「しかしうちはノウハウを教えて、競業避止義務契約をしていたのです」
「そんなのあちらの領では無効だったんでしょ」
「無効かどうかはわかりません。とにかくもはや信頼関係も破綻しています。こちらも契約の自由を主張します」
「黙りなさい! だいたいあんたのところが安月給だからむちゅこたんはよそになびいたのよ」
「うちは同業他社より良い待遇で、さらに氷魔法使いには余計に出しています。例の業者は高給を出したのはわずか3か月だけで、しかも短期契約にしていました。 これだけでも実はうちの方がよほど待遇がよかったと言えます」
「とにかく理屈はいいの! むちゅこたんを十分な待遇で雇いなさい」
理屈を言ってきたのは向こうの母親の方だったが、都合が悪くなると理屈はいいという。やれやれ、もううんざりだ。
「いいえ、お断りします。何を言われても動きません。そろそろお帰りください。さもないと自警団を呼びますよ」
「呼べる者なら呼んでみなさい」
そう言われたので遠慮なく呼ばせてもらう。自警団も扱いあぐねていたが、結局引っ張って行かれた。
「あんたの非道、きっと正してやるから見ていなさい!」
いや非道って、金に目がくらんでとっとと退職して、再就職先で上手く行かなかったからって、元に戻りたいというのを断るのがなんで非道なのかわからない。
むしろアンセンの方が非道じゃないか。ただこれをみると親が原因のような気もしてきた。
後日あの母親は政庁に訴え出たそうだ。さすがに担当者もまともに相手することなく、いちおうお話だけは聞くということでお帰り願ったとか。
それにしても応対するだけでも疲れたと政庁の担当者からこぼされた。それについてはこちらも全く同じだ。
ああ、早く関係が切れてくれないかな。




