クルーズン市観光(下)
神殿に登っていく。ただっぴろい空間に神像が置いてある。礼拝堂は別の建物のようで、そちらは観光客が入りにくいようになっていた。
神像は例の猫オタの神を型どったものらしいが、あまり似ていない。もっともあれは姿を変えられるらしいから、何が正解というわけでもない。
頭の上に猫でも載せておけば正解の気もするけれど。あまりありがたみもないが、一応拝む。周りに合わせた形だ。
教会で見慣れているが、一神教であることに改めて気づく。とは言え、たぶん各地の土着の神が天使などの形で付きまとっているのだろう。
それ以外には神殿のあちこちにある彫刻や古い時代の建築様式などが見ものである。
シンディはあまり興味がないようだが、マルコは目を皿にしていて、売店のガイドブックなども買っている。
神殿を出てさらに上方に歩いて見晴らしの丘に向かう。シンディは行きたがっているが、おじさんは茶屋で座っていたい。
「そろそろ疲れたから休んでいかない?」
「何言ってんの? おっさんみたい。行くわよ」
もちろんシンディの意向通りさらに道を上り、高台に出ると、転落防止の柵に囲まれた空間になっている。そこに家族連れやカップルが多数いる。
日本にいたときはこういうところに人と来ることはなかったと思う。シンディがそっと腕をつかんでくる。体術でもかけられるかと少しおののいたがその気配はないようだ。
ちょっと意識してしまう。それでもこちらから何か言う勇気はない。向こうから何かアクションをしてほしいと情けない考えを持ちつつ、なんとなくその時間を過ごしてしまう。
結局何も起こらずじまいだった。俺の意気地なし!
眼下にはクルーズンの街並みが広がっている。さらに遠くには草原や森や街道だ。
「セレル村は見えるかしら?」
「それはたぶん無理じゃないか?」
「じゃあ、どっちの方?」
考えあぐねていると、マルコが太陽の方向など見て、あちらの方向だと指し示す。こういう場面では頼りになる。
帰ろうと思えばチートですぐに帰れるのだが、遠くに来てロレンスや村の人々のことを思い浮かべる。もちろんクロも含めて。
「この光景、絵が描けるといいな」
マルコがそうつぶやく。彼には似合っていると思う。
お昼は下に降りて行って門前町で食べ歩きをした。
「あれがいい」
骨付き肉の炙り焼きを選ぶ当たりシンディらしい。店員もシンディもマルコも素手で骨の部分を持ってかぶりついている。
手を汚さない感じではない。味は香草と塩で味付けしてあり、肉自体のうまみもあって、なかなかおいしい。
「これおいしいね」
「村で出しても流行るかもね」
抜け目ないマルコは早速商売のことを考えている。そういえば村の食堂でもたまに流行りものが出るが、マルコの父親でしょっちゅう外を出歩くマルクが関わっているらしい。
俺がするなら、持つところは紙でくるむかな。あと照り焼きかなんかも欲しい。とはいっても醤油がないからそれはできないか。パンにはさむのもいいな、などとやはり商売のことを考えてしまう。
食べながら歩いているとパンを売っている店がある。肉の残りをマルコに持ってもらい、パンを買いに行く。食パンではなくバゲットのようなものだ。
薄く半分に切るように頼む。シンディとマルコにもパンを渡し、残りの肉をパンにはさんで食べる。
「お、それおいそうだね」
マルコもさっそくまねしている。シンディも食べたそうにしているが、もう肉の残りがない。なお食べた骨は平気で道端に捨てていた。みんなそうしていてそういう習慣のようだ。
「買ってくるわ!」
もう一本肉を食べるつもりらしい。パンを俺に預けて肉の屋台に走っていくのをマルコといっしょに半ば呆れながら見ていた。
「よく入るよね」
「まあ一番動くからなあ」
腹ごなしがすんで商店街に買い物に行くことにする。家族たちへのお土産と商品の仕入れだ。まずはお土産を探す。
ただギフトを隠すため、お土産はフェリスが2人に頼まれて買い、持ち帰るか発送したことにしなければならない。
「ロレンスには何がいいかな?」
「ロレンスさんはいろいろ書くことが多そうだから、文具屋に行ってみようか」
3人で文具屋に行く。中に入ると老店主が椅子に腰かけている。
「いらっしゃい。見ない顔だね」
「クラープ町の方から来ました」
「何をお探しで」
「お土産を探しているのでちょっと見させてください」
店主に断って店の中を見る。文具と言っても書きもの関係が多く、工作するようなものは別の店にあるとのことだ。
ペンを考えたが、好みがありそうだ。色とりどりのインクがある。贈り物は難しいところがあって、全く使わないものも困るが、あまりに普段使い過ぎて本人がいつも買うようなものもうまくない。それで少し鮮やかな青のインクを買うことにした。
マルコは自分と父親のマルク用にノートを買っている。1冊500ハルク以上するし、村で気軽に手に入るものではないのだ。
ロレンスにかこつけて、自分が文具屋に来たかったんだなと思う。シンディは手持無沙汰のようだ。
文具屋を出て洋服屋の前を通りかかる。シンディに洋服を買わないのかと聞いてみる。花柄をあしらい飾りのついた女性用の服を着た店員さんが出入りしている。
やはり村の服とはずいぶんデザインが違い、一目見ただけでも華やかで人目をひく。
「そんな動きにくい服いやよ。敵が襲い掛かってきたら対処できないじゃない」
敵が襲い掛かってくる場面を思い浮かべるところが武人らしい。確かにこの社会は日本よりは危険だが、今まで敵が襲い掛かってくる場面というのは見たことがない。
シンディは服屋など目もくれず、武器屋に行きたいと言い出す。
少し歩いて武器の看板を掲げた武器屋に入ると、いかにも武器屋らしいごついおっさんが「おう」と声をかける。ちょっと中を見させてくださいと返す。
店内は武器や防具が並んでいる。武器は剣だけでなく戦斧や鎌のようなものなどいろいろある。剣については大半が実用のもののようだが、一部に装飾用の物も飾られている。
それらは柄などに職人の意匠がこらされていて、持ち歩くようなものではない。魔物にでも当たったら壊れてしまいそうだ。
もちろんシンディは実用物を見ている。実用物は装飾物に比べてリーズナブルな値段のものが多いが、中には数十万するものもあり、物欲しそうに見ている。
シンディは自身とレナルドへのお土産をさがしているようだが、剣自体は買わないようだ。レナルドはたくさん持っているだろうし、シンディ自身のも目的がないと買いにくい。
結局、剣を吊り下げるためのホルダーを2つ買っていた。なお今度はマルコが手持ち無沙汰だ。ちょうど平仄があっていて面白い。




