領主にもシーフードを提供する
冷蔵流通でここらあたりでは珍しいシーフードが手に入るようになった。レストランのレオーニ氏に見せ、司教に見せた。次は領主の伯爵の番となる。
領主は邸宅か政庁のどちらかにいるが、今回は邸宅に行く。今回は領主夫妻と家族が中心のようだ。食卓はともにしないが、横に家宰と毒見が控えている。
「今日はようこそお出でいただいた。何か特別な趣向があるとか」
「はい。先日お持ちした冷蔵庫を使い各地と交易しております。そこで手に入れたものをぜひ味わっていただこうかと」
何か司教相手より素直になっている気がする。面倒な相手であることには違いがないが、あちらと違って布施をよこせとは言ってこないとは思う。
もちろん教会が布施を期待するのは間違いでないし、金持ちが余計に出すのも悪くはない。だがくたびれることは確かだ。
ただ領主とて領の利益のために何かこちらに要求してくることは十分ありうる。
俺の方は何か特権が欲しいとは思わないが、子爵からのようにことさらに邪険にされても困るし、あちらがまだごたごたしているからには、こちらでは最低限の保護が欲しいだけだ。
特権など持っていると商売で工夫して儲けようとしなくなり、特権に頼って堕落する。クラープ町のパラダなどその典型だと思う。
「さて、どんなものかな。楽しみだ」
リアナに指示してまた前菜から持ってきてもらう。
ゆでたエビを入れたサラダだ。司教のときと似てはいるが、多少趣向を変えている。
全く同じというのも芸がないし、同席者が多数いたのであのとき何が出されたか筒抜けの可能性は高い。
別に俺が後回しにしたわけではなく、同時に知らせてたまたま領主が後になったが、後回しにされて同じものだと気がよくないだろうと踏んだまでだ。
夫人や子どもたちは目を見張っているが、伯爵自身は特別に驚いた風もない。やはり先日の司教との面会が筒抜けだったようだ。
まあそれくらいの情報収集力がないと有力貴族としては落第かもしれない。とにかく少しメニューをアレンジしてもらってよかった。
「海のものか」
「はい。ダーフ川河口のマルポール市から冷蔵庫を使って取り寄せたものです」
「前に静養に行ったときにいただいたわね」
夫人が口をはさむ。
「そうだったな。しかしマルポールからとなると6日や7日かかるだろう。よく悪くなっていないものだ」
「はい。それが冷蔵庫を使った流通のおかげです」
「品質に問題はないのですか」
家宰が口をさしはさむ。
「その点はもう何度も確認しております」
「いいわね。これからはクルーズンにも魚が出回るのでしょう?」
「はい。この流通は氷魔法使いの数がネックになります。はじめは取り扱える量も少なく価格も高いでしょうが、現在は育成中なので次第に取り扱える量も増えて手ごろになるものと思われます」
前世の経済政策でトリクルダウンと称して富裕層から富ませて低所得層にも零れ落ちていくとされていたが、さっぱり零れ落ちずいつの間にかトーンダウンしていた。
こちらは庶民がシーフードを手に入れられるくらいまで交易を拡大するつもりだ。
「なるほど、それは楽しみだが、そうするとクルーズンの富はマルポールに流出するな」
為政者らしく経済について突いてくる。だが答えは簡単だ。
「はい。しかしマルポールに空の冷蔵庫を持って行くつもりはありません。クルーズン近郊の肉やその加工品などをマルポールの方に買ってもらうのがよいでしょう」
「なるほどな。物が動けば動くほどその方も利益が上がるということか」
なかなかえぐいところを突いてくる。それは商人だから儲けを考えるのは当然だ。いちおう返しておく。
「ええ、そしてクルーズン市にも富が取り戻せます」
「うむ。期待しておるぞ」
「他にも何か珍しいものが手に入るのかしら?」
「ええ、東方のクラープ町からはブドウをはじめとした果物が、北方のレーヌ市からは主に乳製品が入ってきております。西方はまだ未開拓ですが」
「それは楽しみね」
そのあたりで次のフライが出てくる。やはり司教のときとは形が変わり、横長の白身魚と香草とチーズを重ね衣をつけてフライにした後に食べやすい形に切り分けたものだ。トマトベースのソースをつけて食べる。
料理の見た目は変えてあるが、材料の種類やグレードは変えていない。というよりいちおう手に入る最高品質のものだ。
両方の食卓の共通メンバーがいるわけではないが、中身が筒抜けであることは予想されたので念のために変えたのだ。
「これもおいしいわね」
「僕もこれ好き」
「わたしも」
子どもたちにも好評でいい。ただ子どもがいると知っていたら、前回の一口スナックの方がよかった気もする。
そう言う情報は下の者から手に入れるしかなさそうだ。そうすると今度は下の者にも付け届けをしてなどと、どうも余計な気を回さざるを得ない。
「こちらの魚は南のマルポールのものですが、チーズは北のレーヌからのものです」
「なるほど。そうするとその間のクルーズンで食べるのが一番というわけだな」
「はい」
こちらの意図が伝わったようだ。一安心する。




