ブドウ売り(下)
マルコと店の主人の会話が続く。
「はい、ブドウでしたね。承っております。セレル村は本場でしたか。さてそちらのお方は?」
「こちらは僕の友人でセレル村の教会にいるフェリス君といいます。こんご彼がお持ちすることもあるかと存じますので、お見知りおき願います」
「どうかよろしくお願いします」
借りてきた猫のようだったが、ようやく俺も発言した。
「こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」
俺が主人とのあいさつを終えると、再びマルコと主人の会話となる。
「実は彼が教会の補修費用を稼ぐためにブドウを集め持ってまいりました」
「なるほどご趣旨は素晴らしい。けれど我々も商売です。ものを見てみないといかんとも判断できません」
「こちらに持ってきたものです、ぜひおひとつお味見をお願いいたします」
そう言って荷車を引き寄せ、中からブドウを取り出して渡す。
「それでは拝見いたします」
「どうか全部、ご入念に検分ください」
主人は荷車の中の棚の各段を見る。
「これはなかなか新鮮なものですな。こちらのヘタが青いものはまだ新しいものと言えます。これほど新鮮なものはあまり見たことがありません。よほど迅速に運ばれたのでしょう」
「はい迅速に持ってまいりました。しかもよいものだけ厳選してあります」
これだけ言うと、持ってきた中からよいものだけを選んだように聞こえるが、実際はよさそうなのを選んで持ってきて、それを全部出している。
つまり多額の輸送費をかけたブドウの中にロスがあるような言い方になっているが、実際は輸送した中にはロスがない。輸送費がないのもあり、大儲けだ。
揺さぶられたのも各集落から村の教会までで1時間くらいだからほとんど悪くなってないだろう。
「それではもう少しきちんと確認いたしますのでお待ちください」
そう言うと、主人は手代を招きブドウを確かめるように言う。手代さんが部下を連れてブドウを取り出し、台に並べて調べている。
その間、出されたお茶を飲みながら、マルコと主人のブリュールは商売の市況などを話している。
「こちらではブドウなどと申しますと、なかなかの高級品でして、裕福な方しか召し上がりません」
それはそうだろう。小売で1房3000ハルクとなると、それだけで安い食事10回分となる。
しばらくして検分を終えた手代がやってきて、主人と話している。
「お預かりしたブドウを拝見いたしました。大変に素晴らしい。ほとんど最上級です」
「お眼鏡にかない光栄です。何か不備はありましたでしょうか?」
「わずかに2つか3つ一部に痛みがあったようです。ただこんなによいものばかりというのはむしろ驚くほどです」
「それではおいくらくらいでお引き受け願えるでしょうか?」
「今後のお取引もありますし、私どもも色を付けさせていただいて1つ2200ハルクでいかがでしょうか?」
それなら相場でもよい方だし、不満もない。俺はマルコと目を合わせて、同意する。
「今後ともどうかよろしく、お願いします」
ブドウを引き渡し、対価を受け取って、挨拶して店を後にした。受け取ったのは金貨である。
金貨を見たことがないわけではないが、こんなに何枚も一度にはなく、もちろん手にしたこともない。
すぐに荷車を人目のつかないところに持っていき、ホールを作って教会のクロのところに帰る。
クロも荷車を使い始めたころは驚いてとび上がりそうだったが、もうすっかり慣れたようだ。
なんかしているの? とばかり、横になって半分丸くなり、前足に首を載せて寝ている。頭をなでてから外に出る。
村の広場ではシンディがブドウを売っていた。もうあらかた売れたようだ。いまいちのブドウしか残っていない。
それは各家に持ち帰ることにして撤収する。教会に戻り、売り上げを集め、費用とともに計算する。
仕入れ値や馬車代などを除いて25万余りのもうけとなった。大半はクルーズン市への売り上げで、
あとはマルコの父親のマルクさんがクラープ町で売るように引き取ってもらった分とシンディが売った分だ。
「それで報酬なんだけど、ブドウが高値で売れたので2万ずつ。約束の倍出す。今シーズンは5回くらい行って、今回くらいうまくいけば全部で10万くらいは渡せると思う」
マルコの方はまあそんなものかなと手慣れた様子である。シンディはかなり目を丸くしている。この辺では大人でも1日働いて1万は稼げない。半日くらいであり、子どものアルバイトとしては破格と言える。
実はチートを使えば毎日でもクルーズンにいくことができるのだが、さすがにそれでは疑われてしまうし、ブドウがそれほどとれるかどうかわからない。
クルーズンでもそれほど売れないかもしれない。セレル村とクルーズン市の間はふつうに行けば片道3日はかかる。1週間に1回でも少し行きすぎだろう。
とはいえ、ブドウのシーズンは2か月ほどである。あまり間を開けるわけにもいかず、2週間に1回くらい行ければいいかと思う。
ただホールは1日たつと消えてしまうので、毎日クルーズンとの間のホールを出入りして、消えないように維持した。
ホールがなくなって、2日間馬車に乗るのはきつい。あれはもうしたくない。
昭和20年代は九州から東京に出るのに24時間以上鉄道に乗るなどということもあったらしいが、それに近いものがある。
いくらか売り物にならなかったブドウが残り、それはワインにすることにした。ブドウは結構簡単にワインになる。
木のうろに果物が入ってかってにアルコールになってしまう猿酒などというものもあるくらいだ。
きちんと作ろうとすればブドウを絞った後に糖度を調べて必要なら加糖し、さらにワイン用に適した酵母を入れなければならない。
だがブドウにはもともと酵母がついている。だからつぶして樽に入れてふたをして放置しておけばかってに発酵する。
もちろん雑味が多く香りもよくないどぶろくワインくらいしかできないだろうが、そのうち技術者を呼ぶことも考えよう。
結局2か月ほどのシーズンで5回売りに行き、120万あまり儲けた。マルコとシンディにはそれぞれ10万ずつ渡せた。
教会の補修費用は60万もあれば済むということでそれ以上はロレンスは受け取らなかった。
だいたいその60万だって後で必ず返すと恐縮しきりだった。
将来はもっと稼ぐつもりなので、気にすることないんだけどな。
俺の取り分は20万くらいと思っていたので、20万が宙に浮いてしまった。
そこでマルコとも話し、各集落の長に4万ずつ渡してブドウの木を殖やしてもらうことにした。来年以降への投資だ。
挿し木と種まきと両方試してもらう。
いつまでブドウの仕入れを続けるかはわからないが、俺がいなくなってもマルクさんに引き継げばいいし、ワインが特産品となるかもしれない。
そうやってブドウのシーズンが終わった。




