ブドウ売り(上)
大都市クルーズンにでブドウを売りに行く。クルーズンはクラープ町から20里ほどで徒歩なら3日、馬車でも2日弱はかかる。
この商売についてマルコとシンディを交えて話し合う。
「そうしたら計画を立てよう」
「5つの集落に事前に知らせておいてその日の朝に摘むように言っておく。日が経っているかどうかはヘタを見ればわかる。
ヘタが青いものは新鮮だ。変色したものは古い。古いものは売り物にならないから、引き取らない」
マルコが買取について話す。続けて俺が報酬についていう。
「報酬だけどいちおう1日1万にしておく。ぶどうが高値で売れたらもっと出せるかもしれない」
仕事前に報酬を言わないのはろくでもない習慣だと日本にいたころに思っていた。そういうことはきちんとしておこう。
もっともブドウがまるで売れなかったら俺が最後に残している金から出さないといけないが。
「すごいわね。1万ハルクなんて見たことないわ」
シンディは驚いている。貨幣経済が発展途上の村で、しかも子どもならそうだろう。だけどマルコの方は平静だ。
さらに具体的な当日の手順について話す。
「俺がギフトでクルーズン市から戻ってくる。それまでにマルコとシンディで手分けして買取に行く。買取は事前に時間と場所を決めておいて1時間ほどで済ませる。
買取を終えたら馬車も頼んでおいてすぐに持ち帰る。持ち帰ったら、すぐに選別する」
マルコが引き取り、続ける。
「大きくて形のいいものはクルーズン市に持っていって2000ハルクで売ろう。その次のものはクラープ町に馬車で運んで700ハルクで、一番見劣りのするものは村の青空市で安く売ればいい」
「都会に行くほど高いのね」
「そうしたら、初回は僕とフェリスでクルーズンに行こう。向こうの売り先のブリュール商会にあいさつしないといけない」
「俺は実際に馬車で向こうまで行くとして、マルコが行ったら同じ日にこちらと向こうにいることがわかってギフトの件がばれたりしないかな?」
「クルーズンまで売りに行くのを知っているのは、僕ら以外はロレンスさんと親父だけだ。向こうで僕が顔を出しても、それが村の人には伝わらないだろうし、もし伝わったとしてもずっと後だから大丈夫だろうね」
「それなら大丈夫か」
「クラープ町に送るものは親父に頼んでおけばやっておいてくれる。自分で売りに行くよりは安いけど、そちらで儲けなくてもいいだろ。
あと村の分は今回はシンディが売っておいてくれ」
マルクの店は生鮮食料品は売るようにしていない。だから村の分は俺たちで売った方がよい。
なおクルーズンに行くことはシンディとマルコ以外はロレンスとマルクにだけ話し、ギフトがらみで秘密にしてほしいと念を押した。
次に具体的に買い取りの方法について話す。
「値段は一応重さで決める。ただし形のいいものでないと高く売れない。だから買取のときに形のいいものは高く買い取り、よくないものは安くするんだ。
そうすれば形のいいものをとってくるようになる」
「具体的にはどれくらいにする?」
「天秤で重さを測り重さに応じて値付けする。ただし一番形がよければ5割り増しくらいにしていい。これくらいのいいものなら200ハルクくらいにする」
マルコは実際のブドウを見せながら指示する。さらにブドウの詰め方も注意がいく。
「ブドウをあまり重ねるのはよくない。棚を作ってそこにブドウがあまり重ならないように置いた方がいい」
こんな感じで商売の具体的な手順が決まっていった。これってマニュアルを作った方がいいのかと思い、いちおうメモしておいた。
いよいよ決行の日が近づき、俺はまずクラープ町に向かった。ここまではロレンスもついでがあるとついてきてくれる。
クラープ町ではお茶を飲んだり、人前に出るのだからと少しきれいな服を買ってもらったりした。この日はチートで教会に帰る。
翌日の朝にホールを通ってクラープ町に戻り、そこから出る馬車でクルーズンに向かう。
町からクルーズンまでは2日弱。馬車は通しではなく、途中でいくつかの宿場町を通る。はっきり言ってかなりつらい。
木のベンチに座り通しで、よく揺れる。車輪も木製だし、サスペンションもないようだ。その間ずっと座りっぱなしだ。そのうちサスペンションを「発明」してやる。
青春18きっぷでもここまではないと思う。さらにこれがふつうの商人なら安宿に泊まって旅が続くのだが、俺はさいわいチートで家に帰れる。
そしてクロの背中に思いっきり顔をうずめて猫吸いができる。これだけでもホワイトだ。
2日目の昼過ぎにクルーズンについた。さっそくマルクから紹介されたクルーズンの青果商の場所を確認する。
さすがに大都市の店だけあって大きい店だ。青果だけでも何でも屋のマルクの店より大きい。
間口の広い店で、手前は客が奥は店の人が行き来している。ただ小売りはそれほど多くはないようだ。卸売りが多いらしい。
店をざっと見た後に、人通りのないところに行き、チートで教会に帰った。
その日はあらかじめロレンスに頼んでクロを外に出さないようにしてもらっていた。
クロの方は珍しい時間にロレンスにかまってもらえるのでまんざらでもないようだ。神は拗ねているかもしれない。
教会にはすでにマルコが待っている。荷車の中に棚をつくりブドウを100房ほど積んでいた。
さっそくマルコを連れ、荷車を引いて、ホールに入る。ホールの手口で人がいないことを確認してから出る。
そして青果商に向かう。青果商ではマルコが対応する。数人の店員さんがいるところ、奥の方で指示をしている人に申し出る。
「初めまして、先日こちらのご主人からお便りをいただいたセレル村のマルコ・ドナーティと申します。ご主人様にお取次ぎお願いします」
マルコが店員さんに手紙を見せて頼む。しばらくすると少し良い衣服を着た50代くらいの男がやってくる。
「ドナーティ商会のマルクさんの息子さんでマルコ君でしたね。ようこそいらっしゃいました。
私はクルーズン市で青果商を営んでおりますブリュールと申します」
すぐに主人が出てきた。やはり事前の紹介状は強いようだ。俺一人だったらこうはいかなかっただろう。
「これはご丁寧なごあいさつありがとうございます。セレル村のマルコ・ドナーティでございます。こちらが父からの手紙です」
と言ってマルコは手紙を渡す。
「お手紙拝見いたします」
主人が手紙をざっと見る。型通りの挨拶状のようだ。とはいえ、マルコの身分証明ともいえる。
「以前にお知らせしたとおり、この度は新鮮なブドウをお持ちしましたので、ご覧になりお眼鏡にかないましたらお買い上げいただきたく存じます」
さすがにマルコの口調がいつもの俺たち相手とは違う。この後は俺は口をさしはさめず、マルコと主人の間の会話となる。




