領主に冷蔵庫を献上する
冷蔵庫を作り、有力者にお披露目したり献上することになった。すでに何度も会っている司教には提供している。
次に提供するのは領主となる。商業ギルドのマスター経由で、領主に面会して献上することになっている。
領主と会うのは初めてだ。さすがに人口が多いので、気軽に会える相手でもない。
だいたいギルドマスターすら、クラープ町のときと違いそれほど会うことはできないのだ。
これが村程度なら会うこともあるのかもしれない。
ただ前の子爵領では子爵にはさんざん攻撃を受けたが会ったこともなかった。それもひどい話だとは思う。見てもいないものをそこまで攻撃するものではない。
そういえば、いまは散々呼びつけられていて、それを無視しているのだった。
それでそれに対する保険のためにこういう偉い人に会っている。
だいたい偉い人に会うのは疲れるのだ。いちいち衣装も整えないといけないし、マナーも注意される。
今回は冷蔵庫があるからいいが、手土産の一つも考えなくてはならない。会わずに済むならその方がよほどいい。
だが世の中にはそういう人に会うのが楽しくて仕方ない人もいるらしい。それだけならまだいいのだが、そんな者の覚えがめでたくなると面倒だ。
えこひいきだけでも困るが、彼らを喜ばせようと政策まで左右されるとなお困る。前の領などはその典型だ。
ともかく期日になって領主の元に向かう。歩いて行くわけにもいかなければ、辻馬車と言うわけにもいかない。
うちくらいになると商会長の馬車があってもよいのだが、面倒でおいていない。ふだんは平気で商売用の馬車に同乗してしまう。
ただそれで領主の館に行くのは格好がつかないらしい。軽トラで取引先に行くようなものかもしれない。
とにかくいちいち面倒だ。商売用の馬車と言うのも商人らしくていいような気もするのに。
ただ前にやくざ者に脅されたこともあったのでいい加減に専用馬車を置いた方がいいのかもしれない。
今回はハイヤーのような仕立てのいい馬車を頼むことにした。
領主である伯爵は主にお屋敷か領府の執務室のどちらかにいて、今回は執務室の方に行くことになった。
教会の方も豪華だがまた違った趣の豪華さだ。教会の方はさすがに古いものが多いのに対して、こちらはわりと機能を追求した新しいものが多い。
それは伯爵の性格によるのかもしれない。
時間前に控室で待ち、執事の案内で執務室の方に向かう。もちろん献上品の冷蔵庫を持ってきている。
領主は30代半ばくらいで若々しくし清新さを感じさせる容姿だ。宝石や金などは入っていないが、仕立てのよさそうな服を着ている。
もちろんフルオーダーだからだろうが、体の線にそっていて、もたついたりはしていない。
一通り教えられた定型的な挨拶をし、会話が始まる。
「ところで貴君は子爵領から移ってきたのだったな」
「はい。元はセレル村出身で、クラープ町で商売をしておりましたが、クルーズン市は繁栄を極め、商人としても大変にやりがいがございます」
「あちらで面倒があったようだが」
どうもすでに調べられているらしい。それは領主と面会となれば調べられるか。仕方ない。話せることは話そう。
「それが子爵様お気に入りの商人たちの親戚筋の商人に私の商売を強制的に譲渡させられました。
ところが彼らがその商売に失敗して、なぜか私の方が恨まれました。そのためかあちらの領府からの覚えがあまりめでたくないようです」
「それは難儀だったな」
「はい。それもあって町には居づらくなりましたが、おかげさまでご縁あってこちらに寄せていただき、ご領主様の善政の栄えにあずかっているところでございます」
お世辞だということはわかっているだろうが、決まりきった挨拶のようなものだ。
「うむ」
領主は特に喜んだふうもなく、儀礼的にうなづく。それほどおべんちゃらを喜ばない性質だろうか。
「それはそうと、今日は何か面白いものを持ってきているのだったな」
「はい。僭越ながら、いささかの発明をいたしました。つまらぬものですが、お屋敷の片隅になど置いていただければ光栄です」
「面倒な言い回しを使わずともよい」
どうもそういう言い方がお好きでないらしい。司教相手だととにかく回りくどい言い回しが必要だが、こちらはもう少し直接的な言い方をした方がよさそうだ。
「はい、いささかのものを発明しましたので、お気に召せば幸いです」
「うむ、それでどんなものなのだ?」
「こちらは食品を冷やすための箱です。原理は簡単でこの上の部分に氷を入れると、下の部屋の空気が冷やされ、中の食品も冷える仕組みです」
「ほう。食品を冷やすと何がよいのか?」
「一般に食品を冷やせば痛みが遅くなり長く保存ができます。それだけでなく冷やした方がおいしい食品もございます」
「ほう。そうか」
「実際にこちらにご用意してございます。こちらはすでに3日たった肉です」
おつきのものが出てきて調べる。考えたら領主は生肉など扱わないのかもしれない。領府付きの料理人が呼ばれ、チェックしている。
「どうだ?」
「特に問題はないようです」
「何度も確認しておりますが、悪くなることはほとんどありません」
会話のあとで料理人は持ち運べる七輪のような道具で肉を焼きはじめた。ところが焼きあがってもすぐに領主の元にはいかない。
領主ともなると毒見役がいるらしい。司教相手ではそう言うことはなかったが、今回はさすがに俺が初対面だから仕方ないところもある。
しかも時間のたった肉を提供するなどある意味では食中毒を起こしかねない危険なものだ。
「大丈夫でございます」




