40. セストとエミリに善後策の相談
人気商品が出てしまったため人手不足となり、従来していた軽食の方ができなくなっていたが、何とか正常化への目途がついた。
ただ少しくらいの変動があっても対応できる体制を整えるのが本来すべきことで、その場その場の工夫でやりくりするというのは、まともなやり方とは思えない。
問題を解決していると楽しいし、自分が有能になったような気になるからか、そう言うのが好きな人もいるが、いずれ破綻しそうだ。
それより元から問題が起こらないようにしておく方が派手さはないがよほど有能だ。
めどが立ったと言っても相変わらず綱渡りだ。だいたいそんなに一気に人は採れない。研修だって時間はかかるのだ。
軽食も前より品目を減らしている。肉の方はうちしか作れない薄切り味付け肉ばかり作って、他の肉は卸から買い付けている。
味付け肉もうちしか作れないと言ってもそのうちまねされるとは思う。
「いやあ、大変だったね」
リアナとミルトンとセストとエミリに話しかける。
「まだ終わっていないんじゃないですか?」
セストの言うことはもっともだ。とは言えひと段落はついた。
そうは言っても現場から見るとまだ大変なことがあるのかもしれない。
「何かまだありそう?」
「まだ元通り販売ができていない商品がありますし、それに新入の徒弟の定着も考えないといけません」
いちいちごもっともだ。しかしセストだってまだ1年もたっていない新入りに近いのに鍛えられているなあと思う。俺の前世では2~3年は新人気分だったように思う。
「商品の方はできればローテーションで販売して」
「麺はどうしても外せないように思いますが」
「それはわかるんだけど、それほど人気ない商品でも全くなくしちゃうと、その商品のファンがうちの商会を見限っちゃうから」
「なるほど。でも全部公平に扱うわけにはいきませんよね」
「それは、やはり人気の商品は回数を多くして、そうでもない商品は少なくしていいと思う」
「いろいろ問題がありませんか?」
「例えば、どんな?」
「麺を出さない日に麺好きが来てがっかりして帰るとか、不人気の商品がなかなか出ずにファンがいらいらするとか」
「そうだね。それならカレンダーを出して、どの日に何を出すか予告すればいい」
「なるほど、それはいいですね。ただそれでも、やはりそれぞれの商品のファンは不満を持つでしょうね」
「それは仕方ないよ。こうなってしまっては、新人を育てるのを頑張って毎日出せるように努めるしかない」
「もう少し勤務時間を長くするのはどうですか?」
「そう言うのはブラックって言うんだよ。あまりにも重大な事態への対応とか、短い期間だけ臨時でするとかだったらいいけど、そうでないのに漫然と残業はよくない」
「ですが、お客さんに迷惑をかけているのに平常勤務なんて」
「軽食も味付け肉も嗜好品だからね。そんなに気に病むことないよ」
「お店の評判とか将来の売り上げにもかかわってきませんか?」
「権限を持っていない従業員は経営のことなんか心配しなくていいんだよ。まして自分の権利を差し出してまで」
何でこうブラック体質があるのだろうか。権限がある者が悩んで責任を取ればいい。そうしないとつじつまが合わない。
経営者が従業員に経営に対する意識を持ってもらいたかったら、権限を渡して、しかもそれに見合うだけの報酬も出せばいいんだ。
「わかりました」
「あまり納得していないみたいだね」
「ええ……」
「みんなに期待されたとはいえ、最終的には店主である俺が決断したんだから、俺が責任を取らないといけないんだ」
「でも他の店では残業してカバーしていますし」
「残業が必要だと思ったらそれは命じる。ただそのとき君らは残業分の報酬はもちろん、さらに割増の報酬を求めるべきなんだ。そうすれば経営者は残業前提の運営はしなくなる」
「何か経営者じゃないような言い方ですね。とにかくわかりました」
そう言われてみるとそうだ。まだブラック従業員の意識があるのかもしれない。
「新入りの定着の方はいろいろ課題があるよね。本当は増やしたいだろうけど、一度に面倒見切れないだろうし、どれくらいのタイミングがいいかは言ってね」
「はい、そうします」
新人の定着の方はエミリに任せるのがよさそうだ。もちろんうちは待遇は悪くないからその点では有利だ。ただそれだけで定着するかとそれ以外の要素もある。
「新人の定着のことだけど、待遇はもちろん大事だけれど、人間関係がいいとか、職場で必要とされているかとか、仕事の手ごたえがあるかとか、不公平がないかとかいろいろな要素があるから、そういうところを気を付けないといけないよね」
エミリと2人だけで話してもよかったのだが、リアナたちにも聞かせておいた方がいいような気がしてみんなの前で話すことにした。
「新人の定着についてもずいぶんいろいろ注意点があるんですね」
「その辺は注意点と言うか、気を付けることだから。とはいっても具体的に何をすればいいかは手探りだね」
「かなり難しそうですね」
「でもエミリはクラープ町での運営は上手くできていたじゃないか」
彼女が街であまり無理をせずに、複数人の組織を破綻なく運営してきたのはやはり管理能力があると思う。
「だけど今回は大丈夫かしら」
「わりと気楽に考えていいと思うよ。もちろんもろもろの注意点はあるけど、うちはそれほどきつくなくて給料がいいから、トラブルは起こりにくいんだよね。
金の多いは万難隠すってね」
「まあ」
「いや本当だよ」
それは本当なのだ。もちろんもろもろの注意点はあるが、待遇が多いと多くのことは問題にならない。
ただいまは多くてもそれが将来なくなりそうな予感があるとまずくなるけれど。
「とにかく頑張ってみます」
とりあえず2人とは話をした。ミルトンはやはりこういう管理運営的なことはあまり得意じゃないらしい。
もともと腕は確かだが管理運営が苦手でのれん分けを避けたのだった。リアナは言わずもがなだ。
そうは言ってもやはりそういう問題があるということは知っておいた方がいいと思う。だから彼らの前でも話したのだ。
そうして何とか様子を見ることになった。




