味付き薄切り肉の売り出し
こちらの世界ではあまり見ない薄切りの味付け肉の開発をしていた。冷凍や冷蔵の方法も検討したが、大量に作らないと割高になりそうだった。
だからはじめは冷凍・冷蔵なしで少量を屋台で売るつもりだった。だがリアナが絶対に売れるから大量に売りたいという。
しかもふだんの軽食を休んででも試食販売すると主張した。いつもの俺の考え方だと安全策を採るのだが、失敗してもさほどの痛みもないからとリアナ案を実現してみることにした。
まずはふだん行商で売っている軽食を休むので、行商にポスターを掲げて、軽食を休むことと新しい肉を売り出すことを顧客に知らせることにした。
プリンタがあるわけでもないので手書きだ。だからポスターも使い捨てにせず、何回も使う。
せっかくなので行商人にも試食をしてもらう。顧客に聞かれたときに自信をもって勧めてほしいからだ。実際に食べてもらうと、かなり好評だ。
「これなら売れますよ」
「自信をもって勧められますね」
そんなわけで彼らは行商先でポスターを見た客に聞かれて、ぜひ期待してくださいなどと宣伝してくれたそうだ。
肉の仕込みの方は手順を決めて、肉の職人のミルトンを中心に、リアナやセストやさらに部下たちが動くことになった。
とくに薄く切るのは技術が必要なのでミルトンとリアナが担当し、その後の味付けなどの処理はセストや部下たちが行う。
そうしてすぐに魔法使いの氷魔法で冷凍してしまう手順だ。とりあえずは少量で練習する。
冷凍すると言っても冷凍庫があるわけではないので、わりと断熱性の高い木箱にたくさん冷凍肉を入れられるくらいで、何日も放置できるわけでもない。
けっきょく売り出し前日の午後に仕込むことになる。もちろん仕入れの方は確実にしておかないといけない。
仕込みのメンバーと魔法使いで、味付き冷凍肉をどんどん作っていく。そして翌朝は試食用の冷凍していない物を作る。
試食用の調理は簡単なので行商人でも技術的にはできるが、多忙なためできない。だから調理人や休みの行商人などに手当を出して動員する。
なお価格は薄切りとか冷凍とか手がかかっているので、少し高めの100g700ハルクくらいになった。
さすがに売れ行きが気になるので、行商の売り場に行ってみる。宣伝の効果なのか、開店前から待っている人もいる。
試食を配り始めるとさっそくもらっていく人がいる。
「これはうまいなあ」
「食べたことのない味だ」
「もっと欲しいぞ」
けっこうな評判だ。ただ試食品を2回取られると、こちらの損になるだけでなく、足りなくなりそうになる。それで店員は呼びかけている。
「多くの方に食べてもらうために1人1回にしてください」
「こちら解けるまで待ってから、焼いて食べてください」
それに伴いどんどん売れていく。客が次から次に来るので、少し落ち着いたときに行列にしてもらった。
何となく物が足りなくなりそうな雰囲気だ。ただミルトンとリアナも出てしまっているし、だいいち肉自体がないのでもう仕込むことはできない。
店員に目配せして、販売を制限する。
「すいませんが、この後は1人あたり1人前にしてください」
行列の前の方からは苦情が出るが、後ろの方は歓迎される。
ちょっと良かったのは、値段が少し高めなので、量が変えなくても反発が少なかったことだ。
後は肉の残りと人数を数えて、ここまででおしまいというところで行列を打ち切った。
「もっとたくさん用意しておけ」
買えなかった客から苦情が出る。ごもっともなのだが、新商品で売り上げが読めないものは仕方ない。
だいたい仕込む人も足りないのだ。前世の日本でも予想外にヒットしてしまった商品は生産体制のやりくりが大変だったようだ。
あまり規模を拡大しすぎると売れなくなったときに困ってしまうこともあった。
とりあえず売り切れて本部に戻る。他の行商も帰ってきていて、やはり売り切れたそうだ。
さてどうしようかということになる。明日も売るとするとまた軽食を休まないといけない。
それに仕込みを担当するミルトンとリアナがきつくなりすぎる。
「明日はちょっと肉は休もうか」
そう提案するが、リアナははねのける。
「売切れで買えなかった客に、明日持って行きますと約束しちゃったわよ」
やれやれ、確信犯ぽい。リアナはレオーニ亭出身でブラックに慣れている。
さすがに俺がうるさく言うので最近はブラックがまずいということは知っているらしいが、自分のことになると平気だ。
ただ約束してしまったとなると、やはり出さざるを得ない。こちらが大損する契約とかなら、勝手な約束は反故にするかもしれないが、そういうものでもない。
「明日はいいけど、あさっては平常に戻してね」
そう言うが、他の行商人たちが
「それは無理じゃないですか」
などと言う。
どうもブームになりそうで、出さないわけにはいかない雰囲気だそうだ。
仕方なくもうしばらく軽食を休む旨のポスターを作る。
もう少し整然とことを進める方が好きなのだが、どうもリアナにしてやられてしまった気がする。
薄切りは技術がいるので誰にでもできるわけではないのがネックだ。
ミルトンには部下たちに技術を仕込んでもらいたいのだが、今のように忙しいとそうもいかないだろう。
「ミルトン、もう1人くらい元の職場からでも応援を頼めないかな?」
「私1人でもできますが、必要ですか?」
「必要、必要。あなたたち2人みたいに休みなしじゃ困るし、リアナには軽食の方にも戻ってほしいし、あなたには後進の指導もしてほしいんだ」
「ああ、なるほど。いちいちごもっともですな」
応援を呼ぶとよけいに経費も掛かるが、今回のことだけでも十分に儲けているので、構わない。
応援を呼んでも他の業務はすぐに正常化しないが、少しは無茶が緩和されそうだ。
ともかくうれしい悲鳴に本当の悲鳴が混じっている。




