商売の再開(上)
少し話が動きます。
8歳の夏には商売を再開した。理由は2つある。1つ目は教会で金が必要になったのだ。大風が吹いて教会の建物が損傷してしまった。
残念なことにブルーシートがあるわけではない。放っておくと雨がしみ込んで柱や内装が腐りかねない。
少し大工仕事のできる村人が何人か集まりとりあえずの応急処置はしてくれたが、本格的に直さなくてはならない。
改修の見積もりをとると200万ハルクほどかかる。ロレンス司祭は貯えを吐き出し、俺の貯金も差し出し、村でも浄財を募ったが、それでも50万あまり足りない。
王都の教会に補助を頼んだが、あまりいい返事は来ていないようだ。ときどき大都市の司教かその手下が来て上納金の催促に来るのだが。
ロレンスはどうしたものかと頭を悩ませていた。俺の金についてもはじめは受け取りを拒否し、状況が明らかになってくると預かっておいて後で返すと言っていた。
2つ目は10歳に向けて金を稼いでおきたかった。この社会では10歳になれば家業を本格的に手伝うか、徒弟に出される。
いつまでもロレンスに頼ることはできない。だいたいいまの俺は孤児を育てるようにと村の人からの布施で生活できているのだ。他の子が働く年齢を超えてまではもらえない。
だがもう下働きはごめんだ。まだ仕事を未経験の者がそんなことを言っても生意気と言われるかもしれないが、こちらは日本のブラック企業でさんざん疲弊させられたのだ。
それくらい言うのも当然といえる。稼ぐ手立てを作っておけば、自由にもできる。もっといろいろな魔法を使うために魔法学校にも行ってみたいし、冒険もしてみたい。
そのためには金が要る。
そんなこともあり、教会の修繕のことを強調して俺はロレンスに商売を始めることを提案した。
「商売をしましょう」
「商売なんて簡単にはいかないでしょう」
「ギフトを使えばかなりのことができます」
「ギフトは危険だとワルスに脅された件で思い知ったのではないですか?」
「今度はもっと気を付けて使います」
「ギフトは神のご意思のために使うものです」
「神の家を修理することは神のご意思にかないませんか?」
俺はちっとも思っていないことをロレンスの説得のために使った。
おい、そこのクロをなでている暇人。お前が魔法を使えばすぐに直るだろ? と念話で話しかけるが、どこ吹く風でクロの顔だけ見ていた。
クロはクロで首やら頬やらをなでられてゴロゴロとのどを鳴らし恍惚の表情をしている。
「わかりました。私がふがいないばかりにすいません」
ギフト、俺の中ではチートについてはさすがにワルスの件で懲りたので、今度は慎重に使うことも約束した。
さんざん世話になったロレンスへの恩返しもある。また信仰はもちろん娯楽や集会に教会を使っている村人にもだ。
まずは集落への行商をする。村から1時間くらい歩いたところに5つ集落があり、その間のお使いなどを以前にしていた。
あまりにも忙しくなり、またチートばれもあって立ち行かなくなり、村の馬主に頼んで代行してもらうようにしていた。
これについては今回はチートは使わないことにした。またバレたりしたら面倒だ。
週に1回お使いの取りまとめを依頼している馬主の親子に頼み、商品を運んでもらう。
いままでは御用聞きをして店から持っていくだけだったが、今度は商品を持っていくことにする。
さてそこで儲けが馬主の親子のものにならずに俺のものになる理由だ。もちろん馬主にはきちんと輸送代を払っている。
だが売るのは俺が雇った各集落の子どもたちだ。各集落で日を決めてスペースを借りて店を構えている。
ついでに仕入れ資金は俺の金だし、商品が売れ残ったり壊れたとしてもそれは俺の負担になる。リスクを引き受けている。
俺の仕事は何かというと、仕入れや帳簿などだ。この辺はマルクやマルコに習っている。店で商売する枠組みを作り、リスクを引き受け、実際に経営して儲けている。
なんとなく悪徳資本家っぽい気もするが、日本のように運送業を買い叩けるだけ買い叩くような真似はしていない。
きちんと馬主には妥当な金を払っているし、売り子の子どもたちにもだ。だからというのもあるが、はっきり言って大した儲けにはならない。
1日2~3千ハルク程度だ。1000まで行かないこともあった。まあさほどの苦労はなく赤字にはならず、人の役に立っているのだから良しとするか。
集落での行商だけでは売れ行きが伸びそうにない。そもそも自給自足が主体で現金収入が少ないのだ。
日本でも昭和の初めまで味噌や醤油は家庭で作っていたし、布は買ってくるにしても普段着は作っていたうちも多い。家すら家族で建てたりしていた。
この村でも都市向けに麦を売っていくらかの現金は持っているが、さしたる収入ではない。村の購買力がなければ商売をしても物は売れない。
そうとなれば特産品を作らなければならない。
江戸時代の藩の特産品はなんだったか。歴史をきちんと勉強しておけばよかった。確か紙があったことは覚えている。
紙ならこの社会でもだんだん必要性が増えてきて、結構な値段で売れるので作りたいと思う。しかも近代技術などは必要ない。
たしか蔡倫という中国古代の宦官が作ったはずだ。
だが日本にいるときに大まかな作り方は聞いたがあまりよくは覚えていないし、だいいち道具がない。手持ちの数十万でどうにかなる感じではない。
これは後の楽しみに取っておこう。
次に売れるものとなると果物である。各集落は山に近く、山の方には野生のブドウが生える。もうすぐシーズンになる。
ブドウは足が速いため、あまり売り物にする発想がない。
気が向いたら村人が採って食べたり、放置されて鳥がついばんでいたり、下に落ちたものを鹿が食べたりもしていた。
正直、日本で食べていたブドウに比べると酸味もありいまいちなのだが、この世界では甘いものが少ない。
あれを売り物にできないかと思う。




