リアナの肉屋修行
住宅地で展開している食べ物関係の何でも屋に肉の仕入れが一定しないので、うちの商会で肉の加工もしようと言うことになった。
リアナが試しに加工してみることになる。
リアナはそれなりに大規模の調理にも慣れている。こういう調理も少量と大量ではかなり勝手が違う。
だから少量でできそうでも大量になるととてもできないということは十分にありうる。
さいわいうちはクラープ町で軽食を工場のようなところで作って行商であちこちに売っていたので、いくらかかってはわかるようだ。
そうは言ってもやはり難しい部分はあるようだ。十分な量が作れなかったり、形がいま一つよくなかったりすることがある。
売れ残りだって今までにもあったのだが、自分が切り分けたものが売れ残っているとリアナは気になるようだ。
またリアナ自身で仕込んだ肉を調理して食べて、何か物足りないことがあったりしたらしい。俺は特に不満に思わなかったのだが、プロが見ると違うのかもしれない。
「実際やってみると難しい部分が多いな」
リアナが珍しく弱音を吐いている。それはその通りだと思う。もちろんいきなりリアナの仕込みに頼るような体制にはしていない。新しいことを始めるときには小さくだ。
今まで通りに肉の加工もする問屋からも買い付けておいて、それ以外に市場から元の塊の肉も買ってリアナに加工をしてもらう。ただ問屋からの買い付けは若干減らした。
まだ試しにしているだけなので、儲かってはいない。それどころか加工場の場所を借りたり、道具をそろえたりで、むしろ金がかかっている。
リアナだって試行錯誤なので、大量に流れるようにさばけているわけでもない。本当に何かを試してみて、チェックしてという感じだ。
仕込んだものも自分で料理したりしている。どんな出来になるか確認したいようだ。そんなわけでむしろ赤字だ。
そうは言っても、いまはノウハウをためているときなので、そういうものだと割り切っている。
何か事業を始めるときは軌道に乗るまでの運転資金がないと上手く行かない。さいわい金の方は問題ないので、しばらくしてみればいいと思う。
もちろん儲からないものを未来永劫するつもりはないけれど。
「この加工の事業は赤字になってないか?」
リアナが気にしているらしい。
「まだ結論を出すのは早いよ。試行錯誤してノウハウをためている最中だろ」
「それはまあそうだけど。みんなが儲けているのにあたしだけ赤字と言うのもな」
「そりゃ上手く行ったらすぐに独立するとかだったら怒るけど、軌道に乗れば儲けさせてくれるだろうし」
「失敗するかもしれないぞ」
「失敗だってしない方がいいが、もし本当にうまくいかないなら、赤字でやめたっていい」
「赤字じゃダメだろ」
「儲けようと思ったら、上手く行くかもしれないし、行かないかもしれないことに挑戦しないといけないんだよ」
「だけど責任だってあるだろ」
「反省はしてもらうけど責任は追及しない。だいたい俺がGoサインを出したわけだし」
「そうか。それならいいけど」
リアナはその後も続けているが、あまり状況は変わらない。問題は仕入れたものより見た目が少し劣るのと、量が作れないことがある。
いろいろ試してみているようだし、そのたびに俺に報告にも来る。だが本人はなかなか納得していない。
努力しても目に見える成果がすぐに上がらないことはよくあることだ。
人を巻き込んでということになると困りものだが、新しい困難に挑戦しようとしている人は守るべきだと思う。
それからもしばらく続けていたが、ある時改まった様子でこちらに申し出をしてきた。
「加工を甘く見ていた。やっぱり慣れた人間に習わないといけない」
「それはそうかもしれないね」
「それで、市場の大卸しの知り合いの肉屋で数か月修行させてもらえるというんだ。行ってもいいか?」
とつぜん言われても困る。
「ちょっと考えさせてくれ」
リアナは気にしていてこちらの仕事をした上に向こうでも修行してきたいという。
「こっちの仕事はちゃんとやるから、開いている時間に向こうに行ってもいいだろう?」
だがそれでは修業が中途半端になるだろう。しかもあまりにもブラックすぎる。
幸か不幸かリアナはいまは肉の加工の専業になっていて、他の飲食の事業にはかかわっていない。
リアナが加工した分の商品が減ってしまうが、問屋からの仕入れは継続してあったので、店で売る分については問題ない。
だから彼女がしばらくいなくなってもそれほど問題ない。ただいなくていいともまた言いにくい。
「いまのままじゃ上手く行かないんだ」
「とりあえず明日までには結論を出すから待ってくれ」
とつぜん聞かされたことをその場で結論を求める人がいるが、困ったものだと思う。そういう人の部下は苦労しそうだ。やはり答えを待たせないといけない。
翌日になって、また面会する。
「必ず戻ってくるかい?」
「必ず戻って、ここで肉を仕込めるようにする」
「よし、じゃあ行っておいで。こちらの仕事はしなくていい」
「え? それじゃ困るだろう」
「いまはリアナは加工しかしていない。それなら仕入れを増やせば対応できる。修行が中途半端にならないように完全に向こうだけにすればいい」
「わかった。できるだけ早く戻ってくる」
「あまり無理するなよ。帰ってきてくれるのはうれしいが」
そう言って送り出す。加工用に確保した場所が空いてしまうが、事業が拡大中なのであちこちでスペース不足が発生している。しばらく転用する分には構わないだろう。




