30. 食堂仔鹿亭(下)
あるとき鶏肉が手に入ったのでクリームシチューを食べてみたくなった。教会の厨房は道具があまりないので、仔鹿亭で作らせてもらえないか聞いてみた。
主人のクロードは客の少ない時ならいいと歓迎してくれる。クリームシチューを作るとき、日本ではシチューのもとを使ったがもちろんそんなものはない。
ホワイトソースから作る必要があるが、この世界にはないようだ。作るのは面倒といえば面倒だが、手順は難しくない。
厨房にコンロなどという便利なものはない。かまどで料理するため燃料は薪で、薪割をしなければならない。いちおう煙突がついているだけまし言える。
これがなかったら煙はもうもうだし、だいいち焚火と大して変わらない。薪に火をつけるのもなかなか難しい。木の葉を用意して、これを着火剤する。火力調節も簡単にはできない。
ボタンを押すだけでガスがついて火力調節も自由自在だった頃が懐かしい。薪を増やしたり減らしたりするのが基本で、細かな調整は難しい。
鍋にバターを溶かし小麦粉を入れて色がつかない程度に炒め、牛乳を少しずつ入れて伸ばして味付けする。
分量を覚えていなかったので、かなり適当である。味見してみると胡椒はないがバターのうまみでなかなかの味だ。これを鶏肉や玉ねぎや人参を炒めたものの中にスープでのばして入れればいい。
出来上がってクロードの一家と味見をする。プロの料理人相手で少し緊張したが、かなり好評だ。
「驚いた、こりゃすごい、貴族様の食事会に出てもおかしくない」
そういえばホワイトソースは確かフランスの宮廷の料理人が作った覚えがある。
「本当においしいわねえ。材料はありふれたものなのに」
「フェリス君、どうしてこんなおいしいもの作れるの?」
ミレーユもエミリーも大絶賛だ。俺も懐かしいものが食べられたし、喜んでもらえてうれしい。
店で出したいというのでクロードにだいたいの作り方の手順を教える。
そのあとにクロード自身で材料の割合や細かな手順をいろいろ工夫して安定的に作れるようになってから、客にも出し始めた。
もちろん好評で客も増えたようだ。マヨネーズに続くセレル村の名物料理になりそうだ。新しいもの好きのマルクがさっそく嗅ぎつけてきている。
他にも作りたい料理はあるのだが、細かい作り方を覚えていなかったり材料がなかったりで、すぐには出せない。
そもそも味噌や醤油を使うものは作ることができない。和食は大衆料理でも醤油がよく使われているのを痛感する。
そのうち転生物の常で日本みたいな国に行くことがあるのだろうか。それとも味噌や醤油を自分で作った方がいいのだろうか。
エミリーの守護者とマヨネーズとクリームシチューのためか、俺は仔鹿亭に行くと大歓迎される。
食堂が暇な時間に子ども相手にお焼きなど作っているところにシンディとマルコと一緒に行く。
俺が行くとエミリーは明らかに様子が違う。
「フェリス君、いらっしゃい」
親父さんたちが常連に対しては名前も呼ぶが、エミリーが呼ぶのはあまり見たことがない。
エミリーは寄ってきてぴったりくっついてくる。まるで触ってほしいと言わんばかりだ。
それをシンディが睨むように見ている。マルコはわれ関せずだ。お焼きが出来上がるまでしばらく話す。
「フェリス君はすごいのよ、きっと町でもお店が出せるよ。そうしたらついて行こうかしら」
ちょっと危ない雰囲気だ。だけど店を出すのは面白いかもしれない。名前は「山猫軒」がいいかな。それはまずいか。
お焼きが焼きあがると、俺のだけ少し大きい。1個50ハルク払ってお暇する。
「また来てね、いつでも大歓迎だから」
それに対してシンディが脅すように
「うちでも歓迎するわよ」
と恐ろしいことをささやく。
エミリーの家業には歓迎されたいが、シンディの家業の道場にはあまり歓迎されたくないかもしれない。
主人のクロードはときどき肉やもつを教会に持ってきてくれる。教会への貢献分もあるが、俺への感謝分もあるらしい。
もらったもつを煮てクロにやるが、気が向いたときしか食べない。神が甘やかすからだ。それでも肉はあまりないのでそれしかやるものがない。
神は平気で新しいものをやろうとするから、材料を無駄にしてはいけないとしかりつける。お前は神だろう。
少しは説教が効いたのか、内臓の煮物をまた豪華なキャットフードに作り替えているようだ。
何か俺たちが食べているものよりうまそうだが、まさか猫の上前をはねるわけにもいかない。
ロレンス司祭には神が見えておらず、俺がいろいろ料理しているのを聞きつけているので、あれを俺が作ったものと思っているらしい。。
だけどそれを作ってくれとも言い出せず、悶々としているようだ。作れるなら作っているからと、こちらも何も言わずに心の中で言い訳する。
そんな俺たちの葛藤の横で神はクロの尻あたりをおさわりしている。これが神では酒場の酔客が給仕におさわりするのもさもありなんかもしれない。
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