(家宰)身勝手な商人と愚かな領主
私は子爵領の家宰のイグナシオ。ふだんは領都ゼーランで領の政務を扱っているが、いまはパラダ商会らが無茶苦茶にしてしまったクラープ町の営業の整理をしている。
御館様はシルヴェスタにかなりお怒りのようだ。シルヴェスタの商売に問題はないと思うが、御館様は基本的に取り巻きの商人たちに儲けさせることしか考えていない。
そのためなら他の商人や住民がどうなってもいいようだ。困ったものだ。だからこの領は栄えず人が流出するのだ。
まったく何でこんな主人に仕えているのだろうと思う。しかし私は代々領主様に仕えており、外に行くなど考えられない。
「シルヴェスタを呼びつけて、領都に現れたら無礼を働いたかどで逮捕できないか?」
とつぜん恐ろしいことを言いだす。
「御館様、それだけはおやめください。彼のバックにはクルーズン司教がいます。
さらにクラープ町で商人の営業権を取り上げただけでもまともな商人が寄り付かなくなっているというのに、逮捕などすれば皆逃げ出してしまいます」
捕まえてどうするというのだ。司教があれだけ肩入れしているということはよほど献金しているのだろう。
クルーズンでも商売を拡大しているし、これからますます金づるになる商人を、あの銭ゲバ司教が手放すはずもないだろう。
逮捕するという案はどうやらコンサルのモナプあたりが吹き込んだようだ。前に2人の会話が聞こえてしまったことがある。
別に盗み聞きしようとしたわけではないのだが、2人とも甘いのだ。平気で戸を開けて密談している。この時点で貴族としてもどうかと思う。
「ご領主様、あの傍若無人のシルヴェスタは何とかなりませんか? 以前は町の商売を独占していました。
ご領主様の裁定でそれができなくなると、今度は取り上げられた北側の営業の妨害です。おかげで北側の営業も郵便も動かなくなりました。
そしてパラダ様の商売も破綻し、住民は困り果てております」
大ウソもいいところだ。シルヴェスタ本人からの聴取でも町の役場から情報でも独占とは程遠かった。
パラダらが引き継いだ北側の営業も郵便もまともに動かず、住民が困っていたのは本当だが、役場のスミスの情報によると、パラダらの自滅だ。
しかもその責任の一端はモナプにもあるようだ。
「まったく自分だけが儲けられればいいという姿勢は困ったものだな」
いやそれはパラダや御館様だ。シルヴェスタは確かに儲けているが、住民も使用人たちも皆以前よりよくなったと支持している。
取引先に負担をかけているわけでもない。シルヴェスタの儲けは効率化や工夫の結果でしかない。
「そこでまた大変に恐縮ですが、ご領主様のお力を持ちまして、シルヴェスタめを凝らしめていただけないでしょうか?」
「うむ、少し尋問した方がよさそうだな」
「ええ、尋問の結果次第では、逮捕や闕所などもご検討いただければありがたく存じます」
「なかなか最近は王の役人だの司教だのがうるさくてな」
「何をおっしゃいますか。武門の栄えであり、王国を支える子爵様に、そのような輩が余計な口を利くのが間違いでございます」
「まったくそうじゃな。最近はそのような重要な国の成り立ちが忘れられている。口のうまい者ばかりが上に行く。まったく困ったものだ」
御館様もあれの言を聞いて、すっかり自分の分を忘れている。
モナプも学校を出て本人は賢いつもりらしいが、小賢しく安っぽい目先の知恵しか回らないようだ。
だいたいあれの献策が何か役に立った試しはあるのだろうか。そのくせゴマすりだけは上手い。
口のうまいものが上に行くと言われて、モナプは居心地が悪くないのだろうか?
王国を支えるなどと言ってもしょせん田舎貴族だ。はるか昔のいまの王朝が成立した戦いでも、感状くらいは来たかもしれないが、さほどの活躍もしていない。
大臣など出したためしもないし、王と会うのも数年に一度、儀礼的にごく短い時間だけだ。
御館様には意見したいが盗み聞きがばれては困る。何かシルヴェスタについて言ってきたときに止めるほかあるまい。ところがそれは意外に早く訪れる。
「こんど、クラープ町の営業権のことでシルヴェスタを呼び出すだろう? その時に少し尋問した方がよいように思うのだがな」
そんなことは領主がいちいち口を出すことではない。私や各部門の長が処理して、よほど重大な事態になったときだけ、領主が介入すればよいのだ。
だから怪しげな取り巻きが入り込むのは嫌なんだ。しかしそうも言えまい。
「なるほど、適当な者を出して、事情を聞かせましょう」
「いや、わし自ら尋問しようと思う」
トップがいきなり尋問に乗り出すなどそんな馬鹿な話があるか。シルヴェスタは御館様の裁定をいちいち住民に知らせているらしい。
領主自ら乗り出して尋問したなどと宣伝されたら、また逃げ出す住民が出てくる。
だいたい王の密偵だって来かねないのだ。シルヴェスタが捕らえられでもしたら、あのクルーズン司教がすぐさま上に陳情するだろう。
王府など貴族の失態を見つけて領地を取り上げることにいそしんでいるのだ。わざわざ彼らが喜びそうなネタを提供するなど愚かにもほどがある。
「そしてあまりに逆らうようなら、牢につないで闕所やあるいは……」
この馬鹿はこっそり始末するつもりなのか? 馬鹿息子だということはわかっていたが、ここまで馬鹿だとは思わなかった。
そんなことが王府にばれたら、子爵領自体が取り上げられかねない。これなら先代様も婿でも取って、こいつは分家させてくれればよかったと思う。
先代様も特別優秀ではなかったが、ここまでひどくはなかった。
「王の密偵の目もありますれば、めったなことは……」
「だまれ! お前は誰に仕えておるのだ?」
「もちろん御館様でございます」
「お前はわしの言うことだけ聞いておればよい」
あんたの言う通りを続けているからこの領は人が流出し、産業も育たないのだ。
あんたの愚にもつかない思い付きを、こっそり私が骨抜きにしているから、ようやく領の経営が回っている。頼むから何もしないでくれ。
後でこっそり、シルヴェスタに警告の連絡をしておこう。
もう少し気の利いた領主なら、シルヴェスタへの連絡を把握されるのを警戒しなくてはならないが、あれではさほど問題あるまい。
最小限の秘匿をしておけば、ばれることもないだろう。




