コピー本騒動の決着
クルーズン市の観光ガイドブックを作り、大ヒットしたものの、コピー商品を作られてしまった。
放置しておくわけにはいかず、訴えたところでペイする見込みはないのだが、著者の尊厳と将来のために訴えることにした。
被告はコピー本の出版元と販売元である。裁判は併合されて1つで行うことになった。
前のパラダ相手の裁判と違って今回は本当に法廷での弁論があった。
版元の方は訴えられると思っていなかったらしく、何の準備もしていなかった。やくざ者のようで声を荒げたりしていたが、そのたびに廷吏に止められる。
言っている内容も無茶苦茶だ。
「これは断じてコピーなどではない」
ところが証拠の元の本とコピー本を見比べると多くのページが一字一句同じだ。もう少し違っていてもコピー本としか言いようがない。さすがにその理屈は通らなかった。
「こちらがコピーだというが、そちらがコピーなのではないか?」
また無茶を言う。
そこでこちらは執筆の経緯を述べる。元のレポートがあり、それを書いた者にあらためて取材をさせたことなど詳細に説明する。
もちろん編集部員にも法廷で証言をしてもらう。取材についても日時のメモがあり、主だった取材先にも証言に立ってもらう。
証言に呼んだ分も訴訟費用となって、負けた方が払うことになるのだ。
コピー本の出版元についても取材の経緯が尋ねられるが、もちろん答えられるはずもない。
誰か知らない著者から買い取ったとか自分が書いたとか話がコロコロ変わる。
販売業者の方はコピーとは知らなかったと言い抜ける。知っていようがいまいが、刑事ではないのでこちらに損害を与えたことは補償してもらわないといけない。
しかも素人が1部2部を売るならともかく、業者が使用人を使って何百部も売るのに、わかりませんでした、気づきませんでしたなどと言う理屈は通らない。
さほどの苦労もなく、裁判ではこちらの主張が認められる。訴訟費用も相手負担だ。それと賠償で相手は大損になる。
だが代言人の費用や手間を考えるとはっきり言ってうちも赤字だ。両者が損をしている。
ただそれ以外の価値がある。うちから不当な利益を引き出そうとしても絶対にうまくいかないと街中に知らしめることだ。
もちろんまっとうな取引をしていればそんなことはないが、不当なことをすればうちは怖いと評判が立ってくれた方がいい。
実際の金額は向こうが作ったのが500部だったので、1部600ハルクで30万と後は代言人の費用の一部と裁判費用で60万余りの判決だった。
向こうはうちに出版費用が掛かるので600丸ごと損害でないなどとも言ってきたが、さすがにそんな理屈は通らなかった。
調査など諸々含めると実際にうちは80万以上かかっている。20万以上の赤字だ。
向こうは印刷に15万ほどで売り上げが30万だが、販売費用も掛かっている。たぶん10万ほど儲けて60万取られた計算だ。損の幅は向こうの方が大きい。
裁判に負けたコピー本の販売元がこちらに絡んできた。
「まったく面倒なことをしてくれたな」
「面倒なことをさせたのはそちらだろう?」
「60万ばかり取ったところで、これだけの裁判ではちっともペイしないだろうに」
「金だけの問題じゃない。著者としての尊厳の問題だ。書いたことのない者にはわからないだろうが」
「こんなソロバンもできない商会主じゃ、下の者も気の毒だよな」
「いや、うちは今後も出版物を作る。だから今回のことで、うちの本のコピーなど作れば、何が何でも訴えられて得にはならないとみな分かったはずだ。
そうして今後はコピー本を作ろうとする者も出ては来なくなる。目先の金だけで動いているわけではない」
「ふん」
裁判でうちが勝ってコピー本業者は作りにくくなるだろう。
ただ地図商は裁判などせずに技術力でコピー本よりずっとよいものを作ってコピーを売りにくくしていた。
うちも何か差別化してコピー本を作りにくくしたい。
それには木版ではなく、金属活版で作り直すことにした。
金属活版なら初めの費用は高いが、多くの部数が作れるので、一部当たりの費用はむしろ安くなる。
部数が出ずに売れ残ると大損だが、今までの売れ行きでかなりの部数が出ることもわかったので、大丈夫そうだ。
初めはどれくらい売れるかわからなかったので、小さく木版から始めるしかなかった。
こちらが金属活版で作るとなると、コピー本を作ろうとする業者はかなり苦しくなるだろう。
金属活版となると扱える業者はごく限られていて、信用などないコピー本業者は頼むことはできない。
しかも活字は木版で掘るより小さい文字を使うことができる。だからかなり内容を増やすこともできるだろう。
初めの編集のときに泣く泣く切り落としたり縮小した記事がある。それらもかなり復活できるはずだ。
これでますます木版を使わざるをえないコピー本業者はうちに対抗できなくなる。
それだけでなく広告を入れることにする。広告が入れれば少し安くできるのだ。
前世の日本の雑誌などは売り上げよりも広告で持っていた部分もあった。
さすがに海賊版に広告を入れようとする業者はいない。
どの冊子が海賊版かはすぐにうわさがいきわたって地元の人にはわかってしまう。
そこで海賊版なんかに広告を入れれば評判が失墜するからだ。
広告の方はステマにならないように、きちんとそのページに広告と表示しておく。後から何か言われても面倒だからだ。
ただ広告なしに記事として載せないといけないような場所も市内にはいくつもある。あまりに有名な店や宿屋は載せないとガイドとしての機能を果たさない。
広告なしのところはベタで1行で文字だけで紹介して、いちおう地図で3-Aなどとおおよその地域の番号を表示するだけだ。
広告ありのところは大きく表示するのはもちろん、別に地図をつけたり、キャッチコピーを入れたりなどする。
ただあまりにその店がぼったくりだったりするとガイドブックの評判が落ちるので、その点は契約に入れてときどきチェックもすることにする。
品切れからコピー本騒動までいろいろあったが、落ち着くところに落ち着いた気がする。
ガイドブックではたいして儲からないが、観光客向けの行商で少し差別化はできると思う。
ただあんなインチキ業者でなく、もっとまともな業者が自分で取材して正面から同じようなものを作ってきたら、やはり面倒にはなると思う。
ガイドブックをこの世界で考案したのは俺だが、それは別に特許でも何でもなくガイドブックという形態はまねてもいいものだからだ。
とりあえずしばらくは少し見通しが明るくなったことを喜ぼうと思う。




