20. 買いたい人に待ってもらうが、そこでもゴタゴタ
クルーズン市の観光ガイドブックを作ったところ、評判になってしまい、品切れとなってしまった。
そうなるとますますみんな欲しくなるようだ。
「あの観光ガイドはないんですか?」
「高くてもいいから売ってくれ」
行商人も入れ代わり立ち代わり聞かれて面倒で仕方ないようだ。20日ほどで入荷しますからと貼り紙をして説明する。
印刷業者からは出来上がりまで2週間ほどと言われているが、こういうものは少し余裕をもって見ておいた方がいい。
2週間と言っておいて、もし何か大きな修正などが入って遅れると、不満が出るからだ。
今までなくても困らなかったものなのだから、少しくらい待てばいいのにと思う。
「どこかにあると聞いたぞ」
どこかにあるというのは実はあって、うちの本部に保存用に3つだけ取ってあるものだ。ただこれはクルーズン領主にもクルーズン司教にも渡さない秘密のものだ。
「取締役のアランの縁者だが売ってくれ」
そんなことを行商人に言ってくる者もいたそうだ。そういうことは直接アランに言った方がいいだろう。
さらによくよく聞いてみると、アランの部下の姉のお嫁に行った先のおっ母さんの甥の伜らしい。
その手の要求に加えて、次は中古販売も出てくる。
もう読んだ人が表紙が少し擦り切れたような冊子を3倍くらいの値段で売ったとの話は聞いた。
それくらいならまだいいが、どうやら品薄のときに買い占めた人がいたらしい。
新品同様のものを20部くらい並べて、3000ハルクなどで売ったりしている露天商がいる。
こちらでは20日くらいで売り出しますと言っているのに熱狂している人は5倍でも買ってしまうらしい。
お金の無駄だと思うし、ろくでもない商売をしている者が儲けるのは社会にも有害だと思うが、目がくらむと出してしまうのだろうか。
買い占めた転売組の冊子はたぶん中を開いたこともないものなので新品同様だ。
そうするとなぜかうちがそういう風に高く売っていると勘違いする人も出て来て、それに対して苦情が来る。
「よそですごい高い値段で売っていると聞いたぞ」
「いま売っているのはうちとは全く関係ない業者です。うちが一度売った物を中古品として販売しているところです」
などと説明せざるを得ない。ウェブサイトがあるわけでもないから、その場その場でその都度その都度の説明になる。
いちおう版で刷って小さなポスターも作る。人は印刷されたものはなぜか信じるからだ。
確かにその場限りのいい抜けではなく、わざわざ準備した感があるから信じるのかもしれない。
1.観光ガイドは現在品切れで鋭意印刷中です。版を彫るのに時間がかかっています。
2.現在販売されている物は中古品です。販売業者も当商会とは一切関係がありません。
3.〇月×日頃には販売を再開します。
4.元通りの600ハルクで販売しますので転売業者からはお買い上げにならないでください。
こんな感じだ。
取引先には中古品を回したり、擦り切れた版で刷った後刷りを回したりしていた。
そちらで渡したことについては固く口留めをしておいたのだが、人数が多いと漏れてしまうのは仕方ない。
そもそも100部ちょっとで、後から断れない筋からの要求があるかもしれず、念のために半分も出していないのだ。それでも人の口を止めることはできないようだ。
そんな調子だから、取引先あたりからの要求も多くなる。
「売切れ後に手に入れた人がいたと聞いたのだが」
「そちらの商会にはまだ在庫があるのではないか?」
手元になく、渡せないことを説明する。
「実はお城の方にも神の家の方にもお渡しできていない状況です」
つまり隠語を使っているが、領主にも司教にも正規品は渡していないと言っているのだ。実は非正規品は渡しているのだけれど。なお本当の神の家は猫のストーカーが入り浸るうちである。
誰にも渡せていないと説明するとたいていはあきらめるのだが、まだ何かあるのではないかと食い下がる者もいる。
ただこういっては何だが、大したことのない取引先に限ってそう言うことを言う。
つまらないことばかり考えているから大した商売ができないのではないかとも思ってしまう。
ただあくまでも丁寧に無理ですからと説明して引き下がってもらう。
無理を言ってくるところには取引を切られてももう仕方ないとあきらめるほかない。
前に印刷業者に手書きで複製ができると聞いたので、その方法について業者に詳しく聞いてみる。
ところが1ページ500ハルクくらいはかかるらしい。字の上手い人がふつうよりきれいに書き写すのだからそれくらいはかかるのだろう。
1冊1万ほどになってしまい、とてもではないがペイしないので、そちらはあきらめる。
何か売切れ後の顧客対応で編集作業よりくたびれてしまう。編集の方は作っている最中は楽しいのだが、間違いがないかのチェックになるとつらくなる。
顧客対応はただ少し待てばいいだけなのに、何とかして手に入れようと熱狂する者の相手をするのがうんざりする。
家に帰るとクロがふみふみをしてくる。前足で胸のあたりを押してくるのだ。
猫がこれをするのは子どものときに母親のおなかを押して授乳を促したときの名残らしい。
マッサージほどの強さはないが、何か別の効果があって、気持ちがいい。
くたびれているときは、本当に癒される。
もしかしたら手の前に魔法陣が出てこちらの体に何か不可思議な効果をもたらしているのかもしれない。
ちょっと思いついて神の方を見る。うらやましいだろというところだ。ところが神の方は
「そんなの先週は3回してもらったぞ」
などと言っている。
まったく日がな一日猫と付き合ってられる暇神はうらやましい。




