10. クラープ町北部事業の再開
クラープ町の行商と郵便の営業を2000万で買い取った。元々はうちのもので5億で5つの領都系の商会に売った事業だ。
それだけ見ると暴利のようだが、年に5000万ほど利益の上がっていた商売で、売りたくないのに無理やり買い取られた。
ところが領都系の商会は1つを除いてどこも商売がまずく、この事業をめちゃくちゃにしてしまい、本業もろとも倒産してしまった。
そこで領府の家宰から引き取りを打診され引き取ったということだ。
引き取らないこともできた。ただこれらの事業から外れてしまうのは住民や従業員に対する責任から逃れることになる。
とはいえ債権者から引き取らなくても、やや面倒とはいえ新たに一から構築することだってできたのだ。
引き取ったのは再構築の面倒を避けるのと彼らがうちを訴えにくくするためだ。それで本当にうちを攻撃してこないかどうかはわからないけれど。
ところで上手く行っていた1つの商会以外はどこも従業員の扱いがまずかった。その中でパラダについては訴訟で未払い賃金などを取り戻すことができた。
だが、ほかの商会はそうする前につぶれてしまった。だいたいあれも本家との共同口座がクルーズンにあるという幸運に助かられたところもある。
それで従業員たちの債権はつぶれた各商会の債務であり、破産で片付いたのでうちが引き受ける必要もないが、従業員にとってはパラダたちからは取り戻せたのに他は取り戻せないものもどうかと思う。
それに彼らが領都系の商会の下についたのは、元はと言えば領主に逆らえなかった俺のせいだ。と言うわけでそれなりには補償しようかと思ったのだ。
けっきょく他の3商会は規模が小さかったのとパラダほどひどくなかったようで1000万余りとなった。
金額がそれなりなのは、やはり訴えるなどの行動をしなかったのに全額もらえるのもおかしな話だからだ。単に俺の自己満足でしかない。
「あんなことする必要あるの?」
シンディに聞かれる。
「俺が事業譲渡したからね。俺のしたことで不幸になる人は出ないでほしい」
自己満足もあるが、信用の問題もある。つまり俺について行くことで損をしないと知ってもらいたいのだ。
そう思ってくれる人が多いといろいろ上手く行く。もちろんそれが可能なのは財力があるうちだけかもしれないが。
「そういうことなのね。でも全額は出さないと」
「それは訴えた人だって手間をかけても全額はもらってないのに、何もしてない人がもらえるのも変な話だから」
「フェリスはいつも難しいことを考えているのね」
「まあね」
いちおう商売は上手く行っていると思う。商会を大きくして儲けているばかりでなく、従業員や顧客や取引先にも不当なことはしていない。
それも難しいことを考えているからだと思う。経営者は面倒でも難しいことを考えないといけない。そうしないと他がもっと面倒を引き受けることになる。
それはそうと、事業を引き取ったからには再開しないといけない。だが前の商会がぜんぶボロボロにしていた。はっきり言って人が足りない。
クルーズン移住組で戻ってきたい人がいないかと声をかけたが、向こうの方が刺激が多くて充実しているからか、ほとんどいないのだ。
役所のスミス氏からは郵便の復活を早くしてほしい、まだかと催促が来る。だが人がいないのではできるはずもない。
「早く郵便を復活させてほしいのだが」
「実はパラダたちがどんどん人を辞めさせていったので管理する者がいないのです。いまの状況で再開するとまた手紙が届かないなどということになります」
「それは困るな。何とかならないのか?」
「私どもの設定した品質が満足できるまでは責任もありますから全面的な再開はできません」
「まあ役所がそちらに求めているのは信頼できる郵便だから仕方ないが、一刻も早く再開してくれ」
さすがにスミス氏にはうちがどれだけ手をかけて品質を保っているか説明してあるので理解してくれたようだ。
「地域か集配回数かどちらかを制限して再開したいと思っております。いずれ元に通りにするつもりです」
「頼んだぞ」
営業を再開するためにジラルドと相談をする。幸いにしてうちで営業していたころの記録があるため、その筋でしていけばいいのだ。ところが一目見て無理と分かる。
「これはいまの人数ではとても無理ですね」
やはり縮小して営業するしかない。地域を制限するか、回数を制限するかだ。
「どうしよう? 地域を限って営業するか、行商に行く回数を減らすかするしかないよね」
「そうですね。いずれは人を増やすにしてもそうするしかありませんね。どちらも心苦しいですが」
ジラルドはわりと顧客のことを考える性質だ。実際に心苦しいのだろう。
やり方としては地域を制限する方がやりやすい。過去のやり方をなぞればいいからだ。
回数の制限の方は流通の最適化などをしていたこともあり、かなりややこしいことが起こってしまう。
とはいえ、地域を制限すると、営業再開の対象になった地域の人はいいが、そうでないところはやはり気の毒なことになる。
「地域を限る方が簡単だけど、顧客の要望に応えるなら回数を減らす方だよね」
「ええ、そうでしょうね。ただ能力以上に物件を借りる必要があったり、流通が難しくなりますね」
確かに使いきれないような物件を借りないといけなくなる可能性がある。ただ元の体制が復活するまでに余計に払うのは100万か200万くらいのものだと思う。
あまり鷹揚に支出するのもよくないが、それくらいは騒動で動いた金から見れば大したことはない。
流通が難しくなるのは、当面は顧客に無理に再開したから欠品が出ることを説明するほかないだろう。
「面倒で金もかかるけど、回数の制限で行こうか」
「顧客のためにはその方がいいとは思いますが、よろしいのですか?」
「この営業の再開の目的だって信用を得るための方が大きいから、少しくらいの金のことはいいよ」
「ではそれで進めましょう」
物件についてはパラダたちが営業を縮小するために借りていたところを退去してしまった例も多々あった。
幸か不幸かあまり景気の良くないクラープ町では新たな借り手がついておらずにほとんどはそのままもう一度契約することができた。
「こちらもシルヴェスタさんに使ってもらった方が安心して貸せますわ」
「ええ、またご無体なことがない限りは長く使わせてもらうようにします」
あくまでも領主のせいであることを強調する。どうも領主はたいしてこりておらずまたやらかしかねない恐れがある。その時に少しでも味方がいた方がいい。
そういうわけで前に週に2回だったところは週に1回に、週に1回だったところは2週に1回になど、経緯を説明して行商を再開した。郵便も集配回数が減り、時間も余計にかかることになる。
「今月から行商を再開します。ただ人がずいぶん減ってしまったので、以前よりは回数が少なくなり、また欠品も多くなるかと思います」
木版で刷った印刷物を作り、広場の管理人に説明に回る。管理人からはどこも歓迎される。
働き手の方は譲渡しなかった南部の方がもともと従業員も多く、そちらで働いている者に余計に手当てをつけて超過勤務も依頼した。もちろん個別の事情もあるから、希望者だけだ。
地域を制限せずに回数を制限してできるだけ広い地域で行商を再開したことでよかったこともある。
こちらの事情を詳しく説明したこともあり、再開した地域の人々が徒弟の子などにできるだけうちの商会で仕事をするようにと呼び掛けてくれたのだ。そのために思ったより早く人を採ることができた。
そうしてパラダ騒動の傷も少しずつ癒えていった。
いつもご愛読ありがとうございます。いいねやブックマークや評価も感謝します。




