115. 奴隷売りについてのちょっとした後悔
クルーズンで幹部たちとパラダのひどさについて話している。
パラダについては従業員の扱いがひどかったこともある。
「行商人に商品を売りつけるのはひどいですよね」
「勝手に勤務時間を増やしてその分を払わないのもひどいし」
「うちでは考えられませんが、よそではよくあることですよ」
「勝手に勤務を入れられたら、広場で歌を歌う時間が無くなっちゃうよな」
そうか。アランはまだ歌を続けているのか。いや余暇に何をしてもらっても構わないし、むしろ好きなことをしてくれた方がいい。
それはともかく、パラダのやり口はまったくひどいと思う。
「あんな事したらうちなら皆辞めていくよな」
「実際にうちからパラダに移籍した行商人はどんどん辞めて行ってほとんど残っていなかったじゃない」
「そりゃそうだよな」
どんどん辞めていったのはパラダが辞められてもいいと思っていたからだろう。
ただ実はうちの商売が上手く行っていたのは従業員の能力が高かったからだ。
それを維持するために研修もしていたし、ペイもよくして、さらに労働環境もよくしていた。
けっきょくパラダはあの業績を出すには高い能力の従業員が必要だと見抜けなかったのだ。
前世でもやたらと素人の手作りをありがたがって専門家の仕事を安く買いたたこうとする者たちがいた。
ただけっきょく安いのは何か欠点がある。家庭用には使えても業務用には到底使えなかったり、すぐに使えなくなったりなどだ。
一定の水準の仕事が欲しければ、それなりに支払いはしないといけない。
「うちが上手く行っている理由だけど、実は従業員の能力が高いんだよ。それを維持するにはやっぱり待遇をよくしないといけない。パラダはそれが何もわかっていなかったんだ」
「そりゃ、徒弟あたりでこれだけ読み書きできる人が多いなんてうちくらいですよね」
「若い子たちばかりだけど、実は頼もしいんだ」
「あんなに勉強させるのもうちくらいだし」
能力のある従業員がいることの価値が幹部に浸透しているのは頼もしい。
「遠隔地の行商とか塾なんかをパラダは儲からないとやめてしまっていたよね」
ああいうものをなくすのが合理的だと思っているのが短絡的だ。もちろん赤字でも続けるべきだというつもりはない。商会は営利企業だからだ。
儲からなくてもしなくてはいけない事業は公共ですればいいのだ。公共事業はそのためにある。
前世ではなぜか公共部門に儲けを求めるおかしな議論がまかり通っていたが、あれはあまりにもおかしい。税金を受けて儲けていたら民業圧迫だ。
それはともかくうちは遠隔地の行商も塾も利幅は薄いがいちおう黒字は出していた。
それはいろいろ工夫もしたし、遠隔地では売れないと撤退せざるを得ないと地域の長にはっきり言ったこともある。
パラダたちはそう言うこともなしに簡単にやめてしまっていたのだ。
しかも実はあれらは経理に上がってくる以外の利益ももたらしていた。
「もちろん商人だから儲けないといけないんだけど、儲からないと言ってすぐに投げ出してもいけないし、利益も目に見える物だけじゃないからね」
「遠隔地をしていたおかげで、行商で町の隅々まで手が届く商会と言われていたね」
「塾の方は次から次に子どもがうちに仕事に来てくれたもんな」
「しかも読み書き計算ができる子が来てくれた」
どうもパラダは物を考えるのは上だけでいいと思っていたのではないだろうか。下の者は上の者の考えたことを黙って聞いていればいいと。
それでは現場でうまく回らない。しかもあそこは上の方もパラダにクレムにモナプにバンディとどれもひどかった。
家に帰った後にマルコに聞かれた。
「パラダたちを奴隷に売ることになったのを後悔しているの?」
「なんでそう思うの?」
「なんとなくフェリスの様子が、いつもと違うから……」
そうか、マルコに心配をかけたのか。正直言うと少し考えるところはあるが、後悔しているというほどでもない。
こちらの世界は奴隷制度があるのでパラダより道徳的に悪いことをしていない人でも奴隷に売られてしまっている。
しかも正直なことを言えばパラダは権力に頼んで他人をないがしろにしたろくでもない者だ。俺自身実害を受けている。
だからひどい目に合うのもざまあみろとも思う。ただ今回のことは、今回のことは決定に俺が直接かかわっている。そこだけちょっと気持ち悪い。
「それほど気にしているわけでもないよ」
それほどというのはちょっとは気にしているようにも聞こえる。だけどマルコはそこはついて来ない。
「フェリスは人とは違うことを考えるよね」
たぶんマルコも借金が返せなければ奴隷が当たり前だと思っているのだろう。マルコが冷たいというわけではなくて、この社会ではそれが常識だ。
むしろ俺が前世の近代的な洗礼を受けていて、こちらの他人と違うことを考えている。
「そうかな?」
「そうじゃない?」
「そうかも」
まさか異世界人だと気付かれているわけではないだろうが、やはりちょっと違う人だとは思われているようだ。
ただパラダ騒動で軋轢は起こしたが、基本的には悪くない方向で動けていると思っている。そこまで考える必要もないのかもしれないけれど。
とくにクロの横でよだれを垂らしそうな神を見ているとそう思う。
奴隷制が悪いと思っていても、パラダのことはものすごく積極的に反対に動きたいとは思っていなかった。それが中途半端でよくない考えだということはわかっている。
ただ言い訳すると、俺はこの世界で万能というわけではない。
それから金を出せば救えただろうが、パラダ本家たちを儲けさせてはいけなかった。奴隷に売ろうとした者たちを儲けさせてはいけない。
うちがパラダたちを奴隷として引き受けて奴隷扱いしない手もあったが、それでもそれは結局奴隷制度は認めている。
しかもやはりパラダ本家たちの利益になってしまう。そんなことをいろいろ考えると仕方なかったと思う。
そう言うが、やっぱり言い訳じみていると思う。それは気にしているんだろうな。
そんな俺を心配したのか、慰めたいのか、クロが鼻を擦り付けてきた。
ここで章を改めます。
たくさんの方に読んでいただきありがとうございます。
まだ騒動の後始末が続きますが、引き続きよろしくお願いします。




