パラダとの決着
パラダはなんでもいいから俺にいちゃもんをつけて金を引き出し、奴隷落ちから逃れたいらしい。
俺は別にパラダを奴隷落ちさせたいわけではないが、こちらの責任になって支払いが降りかかってくるのは何としても避けたいだけだ。
この下らない借金取り騒動は、ひとえにパラダの無能経営の結果でしかないのだ。
今度は事業を買い戻せという。
「お前は事業を3億で私に売りつけた。先ほどからお前が言っているようにその価値があるというなら3億で買い戻せばいい」
「なんで私が3億出すという話になるのでしょうか?」
「その方から3億で買い取った商売を返すというのだ。3億なら妥当だろう。それともお前は本来の価値よりずっと高く売りつけたというのか?」
「いえ、価格は参考人も入って決まったはずです。帳簿をお見せしましたように、北部のパラダ様にお譲りした地域も年間3000万以上の利益が上がっておりました。
ということは、5%で金を借りて商売をしても、年に1500万は余るはずです。それで元利を減らしていけば10数年で、借金もなくなります」
「高くないというのだな。それならその高くない3億で引き取れというのだ」
上手い理屈を考えたつもりらしい。
「お言葉ですが、いま例えば、パラダ様の上着を私が3万で買い取ったとしましょう。そこでナイフでズタズタに切り裂いて踏みつけて泥まみれにします。その後で3万で買い戻せと言ったらどうでしょうか?」
「そんなものを買い取れるか!」
「パラダ様の言っていることはそう言うことです。あなたは私の事業をズタズタのボロボロにしてしまいました。もはや元の価値はありません」
元従業員や町の人々の冷たい視線を浴びて、パラダはそれ以上は買い戻せと言わなくなった。
今度はパラダはクルーズンの裁判の不備を言い出した。
「そもそもここは子爵領だ。子爵領の財産争いはクルーズンの裁判所が容喙する問題ではない」
「クルーズンの裁判所が介入したのはクルーズンの裁判所の判断なので、そちらに文句を言ってください。あるいは王国巡回裁判所への上訴もできます」
権威主義のパラダではクルーズンの裁判所に文句を言うことはできそうにない。ただ別に上訴はできるのだ。したければ勝手にしてもらえればいい。
次にパラダは欠席裁判で負けとなったが、そもそも裁判を知らされていないと主張した。
「知らされていない裁判で、そりゃ欠席せざるを得なくて、それで負けたのでは、怖くて商売などできない」
いやきちんと番頭のバンディに知らせてある。
「いや、いちいち番頭のバンディ氏に書面を交付して知らせておきました」
「それもお前が勝手に言っているだけだろう」
「そう言われると思い、いちいちサインをいただいています」
パラダは知らなかったようで、面食らっている。そしてバンディの方をにらみつける。バンディの方は目をそらしている。
サインを取るのは当然ではないか。バンディだって求められたらサインをするのは当然だ。それをパラダの都合で非難されても敵わないだろう。
いや裁判の通知を受け取っておきながら、受け取っていないと言い逃れして結果から逃げようとするのがそもそもの間違いだ。
「受けとって情報を得ておきながら、知らなかった振りをするのはいくらなんでもズルいですね」
「そんな軽輩に知らせたことで私に知らせたことにはなるまい」
末端に届けただけで、きちんと商会に届いてないから知らないととぼけたいらしい。
「番頭と名のつく役職は決して軽輩ではありません」
「あれが勝手に称しているだけだ」
「パラダ商会を代表して当商会と交渉したのも役所のスミス氏と連絡を取り続けたのも番頭のバンディ氏です。お宅ではそんな軽輩を出していたのですか?」
どうしてこう、その場逃れの嘘ばかりつくのだろう。バンディが中でおまけ扱いされていたのは確かなようだが、だからと言ってそんなことは外には関係ない。
いやしくも番頭として対外活動していた者に通知したことが、中に伝わっていないなどと、外の者が考える必要はない。
結局はバンディの証言もあり、裁判のことはパラダにも伝わっていたが、よその領のことで関係ないと高をくくっていたことまで明らかにされてしまった。
パラダとクレムはすべて反論されて、もはやうなだれている。
パラダ本家や金融筋も何とか俺の欠点を見つけて、うちから金を取り出したいらしいが、攻略の糸口が見つからないようだ。
「もうこれで十分な説明になったでしょうか」
確認するが、特に返答はない。
「それではこちらに、シルヴェスタ商会からパラダ商会への行商事業の譲渡には何らの瑕疵もなかった旨の確認の署名をお願いいたします」
しかしパラダもクレムもペンを取ろうとはしない。それを書けばもう完全に蒸し返せなくなる。もちろん今の時点でも事実上は無理だが。
それはこの借金を片付けるための原資を俺から取り上げることができなくなるということだ。
「同じことをまた繰り返そうというのですか? 今回の記録もとっていますし、衆人が見ています。もう決着をつけましょう」
「最後くらいはきれいにかたづけろよ」
「パラダさんのところがどんなにダメだったかよくわかったわ」
「もうこの町で二度と商売などできないだろうな」
外野の声にさらされ、震えながら重い手を引きずるようにパラダはペンを取る。そしてやはり震えながら署名する。
次はクレムだ。クレムの方はもう少しあきらめた様子でスムーズに署名する。
これで蒸し返されることはないだろう。ようやく長かったパラダの相手が終わった。
パラダとクレムの身柄は自警団から債権者に引き渡される。俺は反対したが、パラダ本家と金融筋は2人を奴隷に売り飛ばすそうだ。
奴隷商人が呼ばれ査定されるが、2人で1000万にもならない。もう少し若いとか能力があるとか容姿が優れていると高くなるらしいが、そう言う利点が全くないとのことだ。
けっきょく商会の資産と経営者であるパラダとクレムの個人資産を処分して、5億余りの負債で4000万弱の資産となり配当は8%弱となった。
俺は1万だけ債権を残していたが2人の奴隷分の受取は拒否したので600ハルクあまりの配当を受ける。
別にお金が欲しかったわけではなく、騒動の結末を見届けたかっただけだ。
ただ公衆の前でこちらの正当性を主張したことは今後のためにもよかったと思うが、パラダたちの憔悴しきった姿はあまりにも物悲しかった。
うんざりする仕事を終えて家に帰り横になっていると、クロが微妙に近い位置に寄ってきて、こちらをうかがっているのだ。
どういう意味か分からない。もしかしたらかまって欲しいけれども、自分からすり寄るのは嫌なのかもしれない。
それで少し待ってみる。すると案の定近づいてきて、しっぽを振って人の足に当てる。これはもう遊べという意味だ。
もちろん抱きかかえて、頬を何度もかいてやる。そうするとゴロゴロ音を鳴らしてくる。あれはけがの治療効果があるとの話だ。
ただ時には待ってもそのままで寝てしまうこともある。単に眠いだけだったのか、それとも駆け引きに負けるのが嫌だったのか、どちらかはわからない。
神は「クロ様相手に駆け引きなどけしからん」などと言っている。猫相手などそれが一番楽しい気もするのだけれど。
いちおうこれでパラダとは決着となるので、そろそろ章を改めます。
ただまだ後始末や領主相手が続きます。
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