(パラダ)倒産前夜
私はパラダ商会の番頭バンディ。来月には元番頭になっていそうだ。
パラダ様はとにかく金を集めろと叫ぶ。
「いいか、金、金、金だ。金を集めてこそ商売だ」
いくら何でももう少し言い方というものがないのだろうか。
そんなに金が必要なら、その趣味の悪い調度をさっさと売ってしまえばいいのにと思う。
本当につぶれたら、そんなものも二束三文で持って行かれる。先に売れば買ったときよりはずっと安くてももう少しは値が付きそうなものだ。
趣味が悪いと言えば、働きもないのに給料ばかり高いモナプとクレムもさっさと片付ければいい。なんであの2人だけ腕組して座っているだけなのだろう。
しかも店員がいなくなりつつあり、目先の銭を稼ぐために番頭である私にも行商に行けという。
もちろんワンオペだ。しかも仕入れが一定しないから持って行けるものも多くない。
最近は家畜にやる飼葉も少なくなっている。
うちの店員がロバを連れて外回りしていたときに、家畜に元気がないのを見かねて、通りすがりの馭者がこちらに来なさいと言って、飼葉を分けてくれたことがあったそうだ。
こんな店にいると家畜までかわいそうな目に合うらしい。
ただ、「もっときちんと飼葉をやらないとかわいそうだろ」と叱られたのに対して、「わかっていますが、お店が苦しくて用意しきれないんです」と応えたそうだ。
そうやってうちの店が苦しいことがどんどん外に明らかになって行く。
実際に行商に行ってみるとさんざんだ。
「ここいらでお宅から物を買うようなのはいないよ。前に郵便の配達人を一斉に首にしただろ。あの子たちがどんなに傷ついたことか」
「まじめでいい子だったのにねぇ」
「フェリス君のところで働いていた子たちは字も覚えてどんどん成長していったというのにな。
お前さんが首にした子たちも彼らに続くんだと意気揚々としていたんだぞ。それを……」
苦情だけ言われてなにも売れずほうほうの体で帰ってくる始末だった。
お店は資金不足で困り果て、御本家の分でもいいからとクルーズンの預金を下ろすようにパラダ様に言ってももう頑として聞かないので、別の手を考えてみる。
「領都の御本家の方に借りるわけにはいきませんか?」
そう言うと、目をかっと開いて、「それだけは絶対無理だ。そんな恐ろしいこと……」とこの調子だ。
本家からは散々金を借りているのに、なぜ無理なのかわからない。
仕方なく金貸しに借りようとしてもまともな業者は相手にしてくれず、十一どころか十三つまり10日で3割の利子でないと貸さないという。
あるとき店に行ってみると誰も店員が来ていない。これでは店が開けないではないか。
大声をあげるが、誰もいないのでは仕方がない。近くの店員の家に行ってみる。
「お前さんのところの坊主が店に来ていないんだが、どうしたんだ?」
「どうもこうもあるかい。ずっと給料が遅配だっていうだろ。こっちだってあてにして出しているんだ。
金もらえないんじゃ、よそに働きに行ってもらうしかねえだろ。さっさと出すもの出しな」
ほうほうの体で逃げてくると他の店員の家にも行ってみる。どこに行っても似たり寄ったりである。
もう数日前から示し合わせていたらしい。
「ふん、どうせ首にするつもりだったんだ」
そう強がるが、もはや店が回らないところまで人が減ってしまっている。
パラダ様は教会のサミュエル司祭のところに人が採れないか相談に行くからついて来いという。いまさら採れるのか、いや採っていいのかと思うが、パラダ様の中ではいまだに町の老舗らしい。
「それがですねえ、お宅の方で先日、何人か首にされましたね」
「ああ、態度の悪いのがいたので首にしましたね」
「その中にうちの信者の方のご家族もおりまして。私も子どもの時から知っておりますが、悪いことをするような子ではなかったかと」
「……」
「こういうことを申し上げるのも心苦しいのですが、うちの有力な信者で素封家のうちで、
お孫さんに庶民の生活を見てこいと遠縁の家族ということにしてお宅に勤めさせていた家がありましてね。
そのお孫さんが先日首にされた中におりまして、ずいぶんとご立腹されております」
「どうせ金持ちのドラ息子だろ。性根が足らんのだ」
「それがフェリスさんが経営していたころはお孫さんも目を輝かせていて、本当に仕事をしてよかったと私どもにも話してくれていまして、親御さんも大変に満足されていたのです」
「どうせ金持ちだとわかっていて、そいつだけ目をかけていたんだろう?」
「フェリスさんはそういうえこひいきはずいぶん嫌っておりまして」
だから領主に見放されるんだ。
「あんたのところには寄付しているのに言うことも聞いてくれないのか」
「寄付は神様に対するものでして」
「じゃあ、結局おまえさんはうちに人は紹介できないと言うのか」
「首にした人たちと十分話し合い戻っていただくのが先かと。そうでないとうちとしても紹介はできかねます」
「もういいっ、まったく金を出しているのに何の役に立ちもしない。もう出さんからな」
パラダ様はそう言うが、実はたいした布施でもない。教会を学校代わりに使っていたシルヴェスタの何十分の一、首にされた子の祖父の素封家からみても何分の一で、付き合い上の最低限だった。むしろそれも出さないと周りから疑われるレベルだった。
そのうちに従業員たちの家族で腕っぷしの強そうなのが集まってきた。
「はやく未払いの賃金を払わんかい!」
「払えないなら現物持っていくぞ」
そうしてお店の商品が持って行かれる。
「こんなものもらってもうちはこまるというのに」
そういうわけで原価割れで計算される。これを売ってしのごうとしていたのに。いやしのげる見込みはないのだけれど。
仕入れ先について、以前はシルヴェスタと関係のある所ばかりがうちの掛け払いに否定的だったが、それ以外にもうちがまずいことが知れ渡ってしまったらしい。
「悪いんだが、かけ払いだったら保証人をつけてくれ」
長くうちと専属で取引していた生産者からもそんなことを言われる。
ところで保証人には当てがある。シルヴェスタの行商事業を買い取ったのはうちだけではない。
うちが一番大きいことは確かだが、実はうちも含めて領都組の領主の取り巻きの5つの商会で買い取ったのだ。
そこでそれらのうちと友好的な商人に保証をしてもらう。
だがタダで保証してくれるわけではない。相手からも保証を求められるのだ。
向こうももう経営が左前で掛け払いを認めてもらえないらしい。
そうやってダメ商人同士で保証し合ってようやく商品を仕入れることができる。
だが生産者はそうでもないが、商会相手の取引となると保証人の名前を出しても嫌な顔をされる。
さすがに情報にさとい商会は、保証人が左前で支払えるかどうかわからない情報をつかんでいるのだろう。
私は何をやっているのだと思う。もう何をしても無駄なのに。だが駆けずり回らずにはいられないのだ。




