シンディとマルコの遭難(下)
シンディとマルコを探しに教会から20分ほどの北の森に向かう。森に入ると数人組に分かれて声を上げつつ、2人を探す。
「シンディ、マルコ、いたら返事しろ」
どうにも森の奥深くに入り込んでしまったらしい。探しても見つからず、時間ばかりが経過する。
空気に湿り気があり、雨が降りそうな気配がある。
雨が降れば体温が低下して夏でも助かるかわからない。しかもこの辺りでは野犬を見ることもある。
大人たちは焦りだし、だんだんとイライラし始める。
「やはり谷を探さないといけないか」
「だがあそこを探すとなると準備がいるぞ」
谷に行くことはめったにない。だから行く道が整備されているわけでもない。
杭を打つかめぼしい木を見つけるかしてロープをそこから垂らさないと、降りることはできても登れなくなるなど、けっこうな面倒があるようだ。しかも二重遭難の危険もあるという。
たいまつ片手に降りるというのもなかなか難しいらしい。
「谷に落ちたとは限らないし、だいいち森にいると確定したわけでもないから、谷は明日探せばいいのでは」
そんなことを言う村人もいるが、焦っているレナルドは耳を貸さない。
「もし落ちていたら危ない。俺は行くぞ」
「私も」
レナルドとマルクは村に必要な道具を取りに行くという。ただ杭を打つとなると結構な時間がかかりそうだし谷も狭くはない。
俺はロレンスに目配せして集団から離れる。
「俺が谷を探しに行ってきます」
「危険なことは大人に任せておきなさい」
「シンディとマルコが森に入ったのも俺のせいです。それに俺ならギフトを使えばどんなところからでも戻れます」
実際にそうなのだ。けがをしても野犬に追われていたとしても俺ならギフトで戻れるのだ。
「わかりました、それでは行きましょう」
ロレンスは同意する。だがこちらはロレンスを連れて行く気はない。
「1人の方が動きやすいので、先に戻っていてください」
少し地形が悪いとたどたどしくなるロレンスではむしろ足手まといになる。
ロレンスの目を見つめて、ついてくるなと促す。
「こういうことではあなたに敵わなくなりましたね。わかりました十分に気を付けてください」
と言いながら、肩に手を当て動物除けの魔法をかけてくれる。弱い動物にしか効果はないが、それでもあるに越したことはない。
俺がロレンスより森の中で自由に動けるのは身体能力よりもむしろギフトがあるからだ。
「それから、2人の前でギフトを使う前に必ず私を呼びに来てください。秘密を見せる前なら安全に秘密を守らせる方法があります」
「忘却魔法は使ってほしくありません。2人にもギフトのことは知っておいてほしいのです」
ロレンスの方を見つめる。
シンディとマルコとは今後も一緒にやっていきたい。彼ら2人にはギフトのことも知らせておいた方がいいと思うのだ。
「わかりました。それでも秘密は守ってもらわないといけません。
2人にギフトを見せるにしても事前に仕込みをしておいた方がいろいろと安全ですから、必ず呼んでください。私は教会に戻ってクロの前にいるようにします」
「わかりました、そうします」
俺はロレンスと別れると魔法のランプを腰に括り付けて谷に向かって降りていく。ランプはオイルや電池の代わりに魔石で光るものだ。
軽快に気持ちよく走り下りたいところだが、そうもいかない。この辺、クロなら簡単だろうなと思う。
地面の方を向いて、木の根に捕まりつつ、恐る恐る降りていく。
途中で小休止して、7~8mくらい降りる。3階くらいの高さだろうか。だんだん斜面がなだらかになり、そのうち垂直に立つことができる。そしてランプを手に持ち、声を上げてシンディとマルコを探し始めた。
谷に降りてシンディとマルコを探し始めて30分ほど経過したころか、俺の呼びかけに応じてシンディの声がする。
「ここよおー、助けて」
さっそく声のする方に駆け寄っていく。どうやら2人とも足にけがをしたみたいだ。血は止まっているし、重傷というほどでもないが、痛々しい跡がある。
まだ雨は降りだしていないが、いちおう木の下の濡れにくいところにはいた。
「ごめん、僕がずり落ちてしまって」
なんでも薄暗いところを歩いていて、マルコが斜面で滑り落ちてしまったとのことだった。
それをシンディが助けようとして結局2人ともけがをして戻れなくなったという。
「ほんとうに助かったあ。ありがとう」
いつも強気なシンディが泣きそうな顔をしている。
「だけど君も帰れないなんてことはないの?」
マルコに聞かれる。
「おじさんたちも、村のみんなも一緒に探しているよ。助けを呼んでくるから待っていて」
「父さんたちに話しちゃったの?」
2人とも不安そうにしている。これは後でどやされるのは確定コースだ。それはまあ仕方ない。子どもは通る道だ。
「その前にちょっと」
と言って、2人に回復魔法を使う。回復魔法と言っても初級ではすぐに治るわけではなく、応急手当てをして治りを早くするだけのことだ。
このケガではあの斜面を登るのは無理だ。やはりチートで帰るしかない。




