100.(パラダ)資金不足
いつの間にかこの章が100回にもなってしまいました。もう少しでパラダ相手は決着がつきます。
私はパラダ商会の番頭バンディ。番頭などというが、いつまでこの肩書が持つかわからない。
クルーズンの口座からお金をおろして、クラープ町のパラダ様のところに届ける。ところが口座を見たときに妙に残高が少ないことに気づいた。ふだん1億余りある口座に8千万ほどしかないのだ。
クラープ町に帰り、パラダ様に下ろした金を渡すと同時に、残高が少ないことを報告する。するとパラダ様は顔色を変える。
「どういうことだ?」
「いや御本家が何か新事業でも始めるのかと」
「いやそんなことは聞いていない」
「ではどうしてあんなに減っているのでしょうか。いつも1億くらいあるのに8千万を割っていました」
「もしかして……」
「もしかして……、なんでしょうか?」
「まだわからん。とにかくこのことはモナプには絶対に言うな」
「はあ」
何でモナプに言ってはいけないのかわからない。
「とにかく後に回せる支払いは後に回せ」
半月ほどしてやはり事業でお金が足りなくなり、クルーズンの預金で補填する必要が出てきた。
我々番頭だけでなく手代も預金を下ろすように勧めるが、パラダ様は首を縦に振らない。
「こういう時に使わなくてどうしますか?」
「いや、とにかく、あれは使ってはいかん。あれなしで商売を進められるようにしなければならん」
そんなことを言うなら無理して行商事業など買わなければよかったのだ。それを子どもが成功しているから簡単にできるとばかり領主様に運動して取り上げたのが運の尽きだ。
クレムもモナプも預金を持ってくるように説得するが、パラダ様はどうしても首を縦に振らない。
「どうしてですか? このままだと支払いがショートしますよ。そんなことをしたらうちの信用は一気に落ちます」
もうすでに小売りでは信用など地に落ちているが、卸売りではまだそれなりの信用がある。それも落ちたら、もはや商売など一切できなくなる。
だが主人の言いつけに背いてかってに預金を下ろすことなどできるはずもない。そもそも下ろすには主人名入りの委任状が必要なのだ。
そして時は刻一刻と流れる。手代たちは数日中の支払いについて表にまとめ、5日後までに70万が入らないとショートすると言っている。
5日というが、クルーズンまで往復で4日かかるため、実は今日明日中に行くかどうか決着をつけなければならない。
しかしパラダ様は言うことは、
「とにかく頼み込むのだ。支払いを伸ばしてほしいと」
これだけだ。
完全に信用を失うパターンである。そもそもうら寒くなった商会への債権など取りあいだ。先に来て主張した者が返済を受けて、遅れたものは受けられない。
支払いを伸ばしてもらうなど考えられないだろう。だいたいうちの評判は経営状態もあわせて最近はよくないのだ。
ただでさえうちは掛け払いを嫌がられているのに、もはや現金払い以外いっさい受けてもらえなくなる。
農家あたりを回るのに手代や徒弟が銀貨をもって回るのだろうか。
「とにかく頭を下げて、必ず都合しますからと、待ってもらえ」
なぜそこまで頑なにクルーズンにある預金を下ろしたくないのだろうか。あそこにある2000万弱から100万も下ろせば、うちは信用を失わずに済む。
しかも預金を下ろすなど今まで何度だってしてきたのだ。それを何で今になって拒絶するのだろうか。何か私が見落としていることがあるのだろうか。
モナプは、少し領都に用があると言って、外出してしまった。
皆が預金を下ろしましょうとパラダ様に勧める中、パラダ様が頑として聞かない。
支払いの期限である月末が近く、みなほとんど恐慌を起こして、仕事になっていなかった。
あーでもないこーでもないという者や、辞めてやるという者、いつも通りの仕事をする者、何か手を動かしているが何をしているやらわからない者など、皆それぞれだった。
取引先に支払いの繰り延べを頼んでみるが、どこも言うことを聞いてくれない。
「いやあ、うちもその金を他に回す必要があるので、必ず期限には払ってください」
何か示し合わせたようにそう言うのだ。
後で聞いたところ、シルヴェスタからいくつかの生産者に、うちの支払いには気を付けて掛け払いと借金の繰り延べは認めないように言っていたらしい。
ということはシルヴェスタもうちが資金ショートすることに気づいていたことになる。
なぜうちの主人しか知らないことをシルヴェスタは知っていたのかも後でわかる。
一つよくわからないことがある。シルヴェスタから引き継いだ行商人でうちを首になった者が、都度都度未払い賃金を返せと店に来ていた。
だが、最近とんとこなくなったのだ。あきらめたのだろうか。まあうるさくなくていいのだが、あれは何かあったのだろうか。
とうとう期限が来て、どうしてもその日に支払うべき金が支払えなかった。
「必ずお支払いしますから。クルーズンにはまだ資金がありますから」
そう説明しておとなしく引き返すものもいれば、どうしても払ってもらうと居座る者もいる。
うちが資金不足になったニュースはあっという間に町中に駆け巡った。
街中のうちの店では毎日のように押し問答が繰り返されて商売になっていない。
まだ借金の期限が来てない者までも取り立てに来る。
「金返せ!」
「兄ちゃんはフェリスさんのところで稼ぎもよかったし、字も覚えさせてもらって、いいお店での仕事にありつけたよ。
おいらや友達にもいろいろおごってくれた。だけどあんたのところの払いじゃ、そんなことできないもんな。もうやめるよ。
とにかく今まで働いた分を払ってくれ」
「売掛金の遅れている分、さっさと払ってくれんかな。こんなところで、こんな問答しているだけでも無駄な労力なんだ。お、この商品はその一部にもらっていくぞ」
ついでとばかりに今までの不満を言ってくる者もいる。
「まったく行商がお宅に代わってからいいことなんぞ一つもない。不便にはなるし、高いし、行商人は質が悪いし」
「領主に頼み込んでよそ様の商売を取り上げる商人なんぞろくなもんではないな」
「シルヴェスタ商会では手紙が届かないなんてことはなかったぞ」
「まったくなかったわけじゃないが、きちんと調査して報告してくれた上に、補償もしてくれたぞ。
だから安心して出せたんだ。それをお宅はなくなりましただけで、高い金取っておいて、子どもの使いじゃあるまいし」
「塾を続けるのはシルヴェスタさんからの引継ぎのときの条件でしたよね。まったくあっという間に投げ出して」
「うちも助かっていたし、子どもも喜んでいたのに」
「あーあ、俺もシルヴェスタ商会に移ってしまえばよかったな」
シルヴェスタから引き抜いた行商人だけでなく、うちに元からいた者までそんなことを言う始末だ。
さらに給料の遅配まで始まった。店員の表情は一様に暗い。もう何を言っても響かない。
商会への預金を下ろそうとする者が出始めるが、パラダ様は頑として聞かない。
「こういう時こそ、一人一人が盾となって、お店を守るべきだろう」
もう全員討ち死にが目に見えているのだが、パラダ様は恐慌をきたしていた。
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