(パラダ)クルーズンからの資金移動
私はパラダ商会の番頭バンディ。シルヴェスタから引き継いだ行商の統括をしている。
商会はトラブルばかり起こして、役所のスミスにいつも呼ばれている。というより、もう面倒だから毎週月曜日に来いと言われている。
もっとも行商の方のトラブルはもうほとんどない。なぜなら行商自体をもうほとんどしていないからだ。さすがに懲りて質の悪い行商人は使っていない。
行商についての苦情は、むしろ不便地から何でやめたのか復活しないのかという話だ。
だが不便地の方が儲からないわけで、パラダ様はとうぜん復活させる気など全くない。
住民の言うことはいつも同じだ。「シルヴェスタさんのときは本当によかった」
毎度毎度言われると情けなくなってくる。
はっきり言って商会の経営はよくない。行商事業はまるでダメ、郵便事業はもっとダメ、本業の街中の店の方もいま一つだ。
唯一の希望がクルーズンへの野菜等の輸出だ。もうそれ以外やめてしまえば楽になると思うほどである。
クルーズンの商会との取引なので、代金はクルーズンの商業ギルドに振り込まれる。経営がよくないので、その金を持ってこないといけない。そこでその金をどう持ってくるかが問題なのだ。
いちばん簡単なのは相殺してしまうことだ。最近シルヴェスタがいろいろ相殺の方法を工夫しているらしいが、以前からないわけではなかった。
つまりクルーズンから何か買う代金に充てるのだ。だが相殺しようにもパラダ商会はクルーズンの産物は買わないので、相殺のしようがない。
ギルドの方で実験的に為替という実際の金貨を持ち運ばなくてよい便利な制度が始まっているようなのだが、パラダ様は否定的だ。
「そんなわけのわからないもの、いつ紙切れになるかわからん。やはり金は金貨が一番だ」
こんな調子で取り付く島もない。
あまりよく知らないが商業ギルドの話では、為替というのはギルドに口座を持っている者しか換金できないので、途中で取られてもわりと安心だそうだ。
つまり換金した者が誰かわかるので、盗賊は換金できず、誰か換金できる人に頼まないといけない。
もし盗まれた為替が換金されたら、換金した者が取り調べられるので、めったに盗賊から為替を受け取りたがらない仕組みだそうだ。
よく考えられていると思うが、パラダ様は新しいものでも少し理解が難しくなるとすぐに否定する。ごく目先のすぐわかる新しいものはお好きなのだが。
いま現在、うちの商会ではクルーズンからの収入は、実際に手代あたりを派遣して金貨を持ってきている。それに金貨の輸送に護衛が必要で、けっこうな負担になっている。
護衛は冒険者ギルトに頼む。1日1人2万ハルクかかる。片道2日なので、1人頼んでも往復で8万かかるし、少し多めに引き出す時で2人ならもちろん倍だ。
行きは護衛が必要ないのだが、拘束料で結局かかってしまう。だからクルーズンのギルドに頼んでも、帰りの拘束料を取られて結局同じだ。
最近はお店の方の景気がよくないからなのか、少なめのときは店の少しケンカの強そうなのを護衛にしたり、多めのときでもそれにギルドから1人などと節約している。
ただ店の者の護衛というのも大丈夫なのかと思う。素人相手にケンカが強くてもプロの盗賊相手に勝てるものなのだろうか。
コンサルのモナプは、できることは自分でして力もつくし節約もできるなどと言っている。あいつは以前はアウトソーシングを言っていた気がするのだが。
もう一つ店の者の護衛がまずいのは、その者が抜けた分の仕事は他の店員がカバーしなければならないのだ。どう考えても仕事が増えている。
そして遅くまでの残業になる。遅くまで残業しても暗くなった後は仕事がはかどらない。
パラダ様は明かりの油もケチるし、ミスが多くなりけっきょく翌日やり直しだったりする。
それに引き換えシルヴェスタのところは研修で光魔法まで習わせて使える者が多いというのに、シルヴェスタ自身が5時には帰れとうるさいそうだ。
あれの言うことには「長時間働くと集中力も判断力もどんどん下がっていく。そんな状態で仕事しても仕方ない」だそうだ。
ご説ごもっともで、うちは完全に仕方ない仕事ばかりしているのだ。
ところで最近は預金を下ろす額も回数も増えている。ふつうは手代あたりが行くが、私がシルヴェスタとの交渉にクルーズンに行く次いでに取って来いと言われる。
交渉と言ったって、取り付く島もなく、ただこちらからの要求を否定されに行っているだけなのだが。それでも大都市に出るのは気が晴れる。
もうパラダとモナプとクレムの顔を見たくない。
クルーズンに出張し、シルヴェスタとはむなしい儀式のような交渉をする。いつものようにゼロ回答だ。そしてうちとは違う活気のある商会の姿を見せつけられる。
パラダ様もクレムもモナプも一度これを見たらいいと思う。そうすれば自分たちがいかに愚かかわかりそうなものだ。いや彼らではわからないか。
パラダ様は強硬に否定しようとするだろうし、クレムもモナプもお追従だけで成り上がった者たちだ。主人の考えにこだまするだろう。
本人たちが何を考えているかについては、実は何も考えていないのではないかと思う。考えているようで、現状認識が薄っぺらでものすごく浅はかなのだ。
あんな者たちのことはともかくとして、次の業務に移らないといけない。
主目的のシルヴェスタとの交渉が終わって次は資金の移動だ。いや交渉は初めからゼロ回答がわかっていたので、資金の移動の方が主目的かもしれない。
そこで商業ギルドに行く。パラダ様からの委任状を見せて、金貨を引き出す。とりあえず100万ほどだ。
ところがどうもかなり残高が減っているようだ。いつもは1億近くあるのに、8千万を割っている。
この口座はゼーラン町の御本家との共同口座で、だいたい1億のうち8000万が本家で、2000万がうちの分家のうちの分だ。
8000万のうち2000万以上を下ろしたということは、御本家が何か新しい事業でも始めるのだろうか。
それともうちと同じで何か景気が悪くて多く引き出しているのだろうか。
いちおうパラダ様に報告した方がよさそうだ。




