パラダ商会を訴えられそうだ
それはふとした会話から始まった。
クルーズンの青果商のブリュール氏と話していたときである。
「ええ、シルヴェスタさん以外もクラープ町からいろいろ野菜など買っていますよ」
「パラダ商会さんなどとも取引されていますか?」
「ええ、パラダさんとも長い付き合いですな」
パラダ商会はクルーズンの商人とも取引しているらしい。クルーズンのような大都市は周辺部から大量の食糧や物資を買い上げているから、それも不自然ではない。
俺はあの商会はろくな商売もできないダメ商会としか思っていないが、クルーズン商人から見るといちおう子爵領の領都とクラープ町に店のある老舗だそうだ。
クルーズンと取引していたも何もおかしくはない。
あれがクルーズンと取引しているというのは実に興味深い。あの規模の商会が、ブリュール商会のようなやはり大規模の商会と取引するとなると現金ではあるまい。
ということはおそらく、クルーズンの商業ギルドに口座を持っている。口座を持っているということは差し押さえがきくということだ。
パラダ商会にひどい目にあわされた元従業員たちがいる。俺が領主からの事業の譲渡要求に抗しきれずに、引き渡してしまった者たちだ。
いい加減な理由で首になり未払いの賃金があったり、不要な物を脅されて買わされたりしている。
彼らがパラダを元の領つまりクラープ町や領都ゼーランのある子爵領で訴えたとすると、あちらの領主の子爵ゲルハーが裁判することになり、パラダ有利の判決が出るだろう。
もちろん上訴という手はあるが、かなりの時間がかかってあまりに面倒だ。一人一人の請求額は大した金額でもないので、ペイしそうにない。
ペイしないから裁判しないのがいいかというと、必ずしもそうではないが、やはり大きな負担になるからには、勧めにくい。
だがもしクルーズンで訴えたらどうなるか? それはクルーズン伯爵の裁判となる。こちらは子爵領のような判断が領主の好み次第などという遅れた裁判制度は取っていない。
さすがに多くの人が行きかう大都市だけあって、専門の法律家が裁判をしている。領主の意向がまったく介入しないというわけではないが、それはずっと少ない。
よその領の私人同士の争いではますますそうだろう。そうだとすればこちらに有利な判断も期待できる。
ただ裁判管轄の問題がある。不法行為が子爵領で行われたからには、子爵領が裁判管轄となる。だが裁判管轄はいくらか争いもありうる。
前世では不法行為が行われた地がA国で、被告もA国に居住していたら、原告がB国に移住してもB国で裁判を起こすなどは無理だろう。
だがこちらの世界ではそのあたりが極めてあいまいである。クルーズン伯爵がクルーズンの住民を保護する可能性は高い。
しかもクルーズン伯爵と子爵ゲルハーでは力も格もクルーズン伯爵の方がはるかに上だ。
それでもパラダがクルーズンと何もかかわりがなければ、何の意味もない空判決になりそうだが、幸い口座に金がある。これを差し押さえられるのではないか。
クルーズンで訴えて、預金口座を差し押さえる算段を幹部たちに話す。だがさすがに幹部たちも当惑している。
「裁判がどうなるかなんてわからないわ」
「そりゃ、そうなりゃ面白いけど……」
みな口々にわからないと話す。確かに俺が暴走しすぎた気もする。たがアーデルベルトの反応はわからないでも少し違っていた。
「いや、面白そうな話です。私ではどうなるか見通せませんが、クルーズンなら法律家はいくらでもいます。彼らに相談すればよいでしょう」
さすがにアーデルベルトは年の功もあるし、クルーズン居住が長いのでよく事情を知っている。
よくよく聞いてみると、子爵領あたりでは裁判も少ないし、領主である子爵ゲルハーが思い付きの介入をするので、法律家の出る幕は少ないが、クルーズンともなれば多くの人が行きかう大都市で、専門の法律家が裁判し、裁判例も積み重ねられて人々は判断の予測もつきやすいという。まさに法律家の活躍できる場面だ。
翌日にはアーデルベルトの勤めていた商会が懇意にしていた法律事務所に赴く。
裁判で原告や被告の代わりに弁論する専門家を代言人という。その代言人の執務室で話す。
「はじめまして、クラープ町とクルーズン市で商いを行っております、フェリス・シルヴェスタと申します」
「はじめまして、代言人のカルターでございます」
カルターは少しがっしりしてうっすらと顎髭のある40代の代言人である。重厚な感じが伝わってくる。
「実はクラープ町のうちの事業を領主の意向でパラダという商会に譲渡しました。
そこで元従業員をパラダ商会に引継ぎしましたが、その者たちの中に町で不当に物を売りつけられたり、未払いの給料があります。
パラダ商会をやめて町に残っている者もいますが、こちらクルーズン市に来た者もいます。こちらに来た者についてこちらでパラダを訴えられないでしょうか?」
「基本的にはクラープ町なので、子爵領の領都のゼーランで訴えるのが筋ですね」
「ええ、それはわかっていますが、領主ゲルハーはパラダと結びついています。まともな判断がされるとは思えません。
それだけならこちらで訴えようとは思いませんが、どうもパラダがこちらの商業ギルドに口座を持ってに商品を売った代金を入金させているようなのです」
「なるほど。クルーズンでも商売をしていて、少なくとも預金口座はありそうだと。それは期待できるかもしれませんね」
「そうですか。専門家から見てもそう思いますか?」
「はい。確実とは言えませんが、試す価値はあるかと」
クルーズンからの金が入っていればパラダ商会は続いてしまうし、それは従業員も住民も不幸だ。
これを差し押さえてしまえば、もはや事業が続けられず、取り返すことができそうだ。
何となく期待ができそうな気がしてきた。
ここのところバンディらとつまらない話ばかりで、クロには慰めてもらってばかりだったが、久々にこちらからかわいがってやることができた。
猫を触るには違いがないのだが、気の持ち方が違う。




