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マルクの店(下)

 マルクの店には何冊か本が置いてある。村の識字率は低い。高齢世代ではほとんど文字を読める人がいない。その後に社会で文書の重要性が高まってきたため、若年に行くほど識字率は高くなっている。だから今の子どもたちは、全部ではないが多くがロレンスの寺小屋で読み書きを習っている。



そのためか本が高いのだ。いちおう活版印刷技術はあるらしい。だが多数出るわけではないため、1冊数万もする。中堅官吏で1月30万ほどの俸給からするとかなり高い。


だから本が置いてあるのは教会やごく一部の金持ちの家だけである。だがマルコの家は、正確にはマルコのおじいさんが始めたことらしいが、本は重要だと言ってクラープ町の本店の方に遠くの都市から仕入れていた。


そうはいっても、ピカピカの新刊本というわけではなく、古本ばかりだ。


そしてそれらはほとんど売れないのだが、貸本もしていてたまに借りていく人がいるらしい。1か月に1000ハルク以上する。借りた人は必死に書き写すとのことだ。


コピーのないこの世の中では手書きで写すしかない。それはそれで頭に良く入るのだけれど。




 それでクラープ町のマルクの店の本店には棚に本が置いてある。ただ代を継いだマルクの兄である本店の店主はあまり本に興味がないようで、その一部をこちらの村の支店にももってきている。さらにときどき入れ替えているようだ。


古本なので日本のようにピカピカにしておく必要もなく、マルクも暇なときは読んでおり、マルコもそれを見習って本を読むようになったという。


だからマルコはこの村の中ではかなり本を読んでいる。妙なことに詳しいことがある。


商売関係のことに詳しいのはもっともなのだが、教会の歴史やら儀式の方法なども知っていたりする。


俺でも知らないような単語がロレンスとの会話の中に出てくる。教会相手に商売でもするつもりなのか、それとも単なる教養なのか。




 ちなみに本の売り上げはさっぱりで年に一回村人の寄付で教会に納入されるくらいしかないらしい。


棚の片隅に一部あるだけなので、さほど邪魔にもならずそのままにしているようだ。というよりマルクとマルコの趣味のためだろう。


貸本の方も借り手はほとんどいない。文字の読める人が隠居する年齢になればそれも増えてくるのかもしれない。




 マルクはよく買い出しに出かける。いつも売るものはクラープ町や都市の商会から輸送業者を通して送られてくるが、新しいものを見ておく必要があると言ってちょくちょく外出する。


奥さんの方はどうせ遊び歩いているのでしょうとあまり愉快ではないようだ。マルクは都会で売られている新しいアクセサリーなどを買って機嫌を取っている。


流行りの食べ物などもマルクが一番先に見つけてくる。それにレシピや材料も持ってきたりする。流行りものなどはそんなに難しい調理方法ではない。


さらに食材の卸売業者とも顔なじみだったりするので、簡単にレシピを教えてくれるそうだ。


村で流行るのは都市での流行りが下火になったころなので、卸売業者の方も新たな売り先の開拓なのかもしれない。




 ずっと後のことだが、村でタイ焼きのような焼き菓子が流行ったことがある。都会に行ったときに聞いたら、ちょっと前に流行って、すたれたものだった。


たぶん流行りが終わって使わなくなった焼き型を安く買い入れて、都会の流行りものとして売り出したのだろう。


他の村でも都会からの距離に応じて、順に流行りが伝播していくのかもしれない。ここより田舎の村でもっと後にこの焼き菓子が流行るのを見られたりして。


蝸牛考という話があって、京都からの距離でカタツムリの呼び方が同心円状に変わるとの説があるが、ちょっと前の流行を見たければ都会を背に進むと、タイムマシンのようにたどっていけるなどとあほなことを考える。




 ある日マルコが店番しているときに、客があまり来なかったので2人で話していた。


「シンディは騎士団長か冒険者になりたいって」

「冒険かあ。それは楽しそうだね」


意外だった。マルコはもっとインドア派だと思っていた。


「冒険に興味があるの?」

「まだ見ぬ動物に植物。地形。それに特産品も。全部冒険の成果だね」


そうかコレクション癖があるのだった。


「ちょっとここ見ていて、親父のコレクションを見せてあげよう」

そう言ってマルコは倉庫に行って箱を持ってきた。


「この本は冒険した学者による南の大陸にいる動植物の博物誌だ」


モノクロの線画でいまひとつリアルさがないが、それは俺が写真を知っているからだろう。確かにこの辺りでは見たことのない動植物が描かれている。


「それからこれがドラゴンのうろこ」


ケースに入った大きめのコインくらいのうろこを見せられる。


「これは冒険者がドラゴンを退治して、素材を王都の商人に売ったものの一部だ」


次に小さい瓶を見せられる。

「これはスパイス。知ってる? 遥かテンジーでとれる料理の材料だ。わずか使うだけで劇的に味が変わるという。

もっといろいろな種類があって王都や商都の高級レストランでは使われているそうだ。大航海の冒険で手に入ったもので、同じ重さの金ほどの値段がする」


日本にいたときはレトルトカレーを散々食べていた。


「この織物ははるか東方の国で作られたものだ。冒険者と商人が運んできた。」

赤が主体の色とりどりの織物を見せられる。


「ぜんぶ冒険の成果だよ」


いつもクールなマルコが目を輝かせて語っている。


「冒険者パーティにも商人はいた方がいいよ。交渉や調達に素材の売り払いまで商人の領分だ。金銭に余裕のあるパーティは冒険がスムーズにいくよ」


考えたらマルコの言うことももっともだ。冒険というと剣士や魔法使いあるいは斥候の活躍ばかり思い浮かぶが、交渉や補給も必要になる。冒険するのはダンジョンばかりではないのだ。


「シンディと冒険することになったらついてくる?」

「行ってみたいね。遠い異国に。遥か西の航路に、はるか東の陸路に」


そんな風にいつになるかわからない夢を話していた。

次から事件が起こります。

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