子どもたちへのサービスとパラダ商会の難癖
北部のパラダが運営する郵便事業について調べている中で子どもたちの扱いがひどいことが分かった。
ろくな指導や指示もせず、平気で叱りつけたり首にしたりする。
以前は塾もしていたのに儲からないとやめてしまったようだ。
これでは譲渡してしまったことについて向こうの親御さんに申し訳が立たない。
仕方なく子どもたちが集まっていたところに馬車をやって、南部でのバイトをあっせんする。
もちろん塾での指導付きだ。有料で通っていた塾生にも、もちろん授業料は取るが、馬車代はタダにする。
正直なことを言うと赤字だ。だがうちの信用にかかわる問題と言える。
どうせパラダらはそう長くはあるまい。
馬車で子どもたちを南部に連れて行っていることについて、パラダ商会の番頭とやらが文句をつけてきた。
ジラルドが対応していたが、ほとんど難癖のようだ。よほど自分たちが有利だと思ったのか、あまりにしつこく、面倒なので、会議の場を設けることにする。
その場には俺も「わざわざ」クルーズン市からやってきて参加することにする。さらに子どもたちの親御さんにも来てもらう。
パラダ商会からは役所の立ち合いを求めてきた。
会議の場にはパラダ商会のバンディとクレムという番頭が来るという。
「クレムって、うちにいたあの社内クレーマーのクレム?」
「そうですよ。あの軍師気取りの社内クレーマーでトラブルメーカーのクレムですよ」
何か愚にもつかない思い付きの献策をしてきた。
だいたい強きを守り弱きをくじく典型的ないやな奴で、本人もどれだけ偉いのかわからないような天狗になっていた。
さすがに客前に出すわけにはいかないので内部の倉庫番などをさせていたが、こちらを勝手に恨んでいたらしい。
あのクレムが番頭などとびっくり仰天だ。正直な話、首にしたかったくらいなのだ。
あいつじゃ、子どもを簡単に首にするくらいやりかねないかと思う。
会議についてこちらは俺とジラルドとマルクとそれに子どもたちとその親御さんがいる。
「ご領主様の裁定で、北部は我々パラダ商会をはじめとした地域、南部は君らの商会の契約となったのに、そちらがうちを侵食している。
これはご領主様の裁定にも契約にも反するものではないか? どう責任を取るつもりだ!」
「その侵食というのどういうことでしょうか?」
「だから馬車で子どもたちを連れて行っている」
「契約では営業地域について区分しましたが、勤め人の足を確保してはいけないとは言っていません」
「そんないい抜けが通るか? 子どもを使って儲けているのに、その子どもを連れて行くなど侵食ではないか?」
「前々からおかしいと思っていたが、ご領主様の裁定に逆らうなど神をも恐れぬ所業」
子どもを使って儲けているという言い方もすさまじい。そういう側面はあることは否定しないが、それだけではないはずだ。それにしか目が行かないところが痛い。
クレムは以前から権威主義的だと思っていたが、領主を持ち出せば黒も白と言いくるめられると思っているらしい。
だいたい神なんか、猫の下僕に過ぎないと俺は知っているんだからな。それはともかく、そういうしょうもない人たち相手に反論する。
「いえ、連れて行っているのはそちらの商会を首になった子どもたちがほとんどです。
自主的に辞めたものもいるかもしれませんが、別にこちらが辞めるように煽ったわけではありません」
「だまれ! だまれ! 人を剥がしていって、こちらの営業をつぶすつもりだろう?」
対等であるはずの商会の幹部に向かって見下すような言い方をしているようでは、内部ではもっとひどいのだろうと思う。
「いえ、うちは従来通りの待遇です。ことさら厚遇で引き抜いておりません。ところで契約ではそちらが引き継いだ従業員は従来通りの待遇を続けるはずでした。
どうもこちらに来た者たちの証言を聞いているとそういう様子ではなさそうです。だいたいどちらも同じ待遇なら余計な時間をかけてわざわざ南部まで来ないと思いますが?」
「いや待遇は同じままだ。完全歩合制を入れたが、平均の給与は変わらない」
「勤務時間が長くなって、さらに成績の良かったものだけ残してその者たちだけで平均の給与が変わらない状態で従来通りの待遇というのもかなり無茶な話です。
ただそれについてはいまの議題ではないので、別の機会に話しましょう。いまは子どもたちの扱いです。
研修もせずに首にした。子どもの配達人には塾のサービスをしていたのにそれをやめた。これでは到底従来通りではないのではないですか?」
「えーい、次から次へと、どちらでもいい細かい話を持ち出しおって。同じだけ金を払っているのだから、それで同じ待遇だろう」
「いえ、研修も読み書きの能力を伸ばすための塾も待遇のうちです。それで彼らの能力を伸ばし、うちの業績も伸ばしてきたのです」
これには子どもたちの親からも声が上がる。
「そうよ。前はうちの子もどんどん読み書きを覚えて、本当に預けていてよかったと思ったのに、パラダになってからさんざんじゃない」
「うちの子なんか首になってすっかり落ち込んでいるわ。どう責任とってくれるの?」
「うちも営業がパラダさんに代わっても従来通りだと聞いていたから安心していたのです。それが全く違うじゃない」
親御さんたちがかなりの剣幕でパラダ商会の番頭のバンディとクレムはひるむ。
「そんなことを言われても……。待遇というのは給料のことで、それ以外の細かいことまで指図されないはずですよね?」
クレムはこちらや親御さんとはもう話せないと思ったのか、彼らの希望で呼んだ立ち合いの役人に頼ろうとする。だが役人は当惑している。
「いえ、私どもとしてはご領主様の裁定と契約通りにしていただければそれで結構かと」
その中身でもめているのだ。どう考えてもパラダがあまりに身勝手な解釈をしているのでこんな大問題になっているのだが、役人は通り一遍のことだけ言って面倒を避けたいだけらしい。
「まさか役所はうちの子を散々に扱ったパラダの肩を持つ気じゃないでしょうね?」
「ご領主様が子どもの教育をないがしろにしていいなんて言うはずがありませんものね」
そうまくしたてられると、役人も
「まあパラダさんには今後のことをよくよく考えていただいて……」
などとお茶を濁す。パラダに味方する領主と、親たちの剣幕に板挟みなのだろう。
もうこんなくだらない話し合いはしたくないので、火に油を注ぐことにする。
「いいですか。うちは馬車を出して赤字なんです。わざわざお宅への嫌がらせのために金を使ったりはしません。
今日も余計な時間をかけてクルーズンから来ています。営業譲渡のときに子どもたちと親御さんたちに従来通りだと説明した責任を取っているだけなのです」
実はクルーズンからはギフトで来ているので、バンディたちの方がよほど遠いのだが、丸2日かけて来たかのように言う。そういうと親御さんから声が上がる。
「さすがシルヴェスタさんのところは違うわね。目先の金で動かないでちゃんと約束を守ってくれる。あんたたちも爪の垢でも煎じて飲みなさい」
「お店って同じように見えてこんなに違うのね。もうパラダの店では買わないわ。友達にも親戚にも絶対に使わないように言うから」
パラダ商会の番頭2人は四面楚歌で、頼りと思っていた役人も何の頼りにもならず、右往左往している。
バンディは消耗しきったようで、肩を落としている。クレムの方は恨みがましい目で見ている。
結局、うちの馬車については何の問題もないこと、パラダ商会は研修や塾も含めて待遇を見直すことで合意された。
後者の方は正直期待できないが、とりあえずは勝利だろう。




