(パラダ)郵便事業は続けざるを得ない
私はパラダ商会の番頭バンディ。シルヴェスタから引き継いだ行商の統括をしている。
先日、南部のシルヴェスタ・ドナーティ合同商会の幹部のジラルドに北部の郵便事業を1億で譲渡すると申しつけた。
ところがジラルドはこちらを散々待たせた挙句、取締役会で否決されたから受けられないと拒否の通知をしてきた。
譲渡を受けられないの報を受けてすぐにジラルドのところに駆けつける。
「どうなっているのだ?」
「どうもこうも、アポイントもなしに来られても、こちらとしては困ります」
「クラープ町の老舗、領都に起源をもつパラダ商会の番頭が来ておるのだ。すぐに対応するのが当然だろう」
「いえ、こちらも都合があります。出直していただくか、50分ほどお待ちいただくようお願いいたします」
そう言われて、早く返事が欲しいために、待つことにした。打ち合わせ用の小部屋に案内される。
何か社屋全体がきれいだ。最近はうちはすさみ過ぎている。荷物は積みあがるし、そこらじゅう傷だらけだし、掃除もろくにしていない。
それに比べると、こちらはなんとも整然としているのだ。
50分立たないうちにジラルドがやってくる。
「それでどうなっているのだ?」
「お話をいただいて調査しましたが、失礼ながらそちらに郵便事業としての実態がございません。とうてい譲渡を受ける対象と判断されませんでした」
「されませんでしたではない。その方から譲り受けた事業だ。なんで引き取れないのだ?」
「いえ、私どもが営んでいたときには実態もありましたし、利益も出ていました。いまはもう担当者もいなくなり、事業自体が動いている様子がうかがえません。この状態では到底引き受けられません」
痛いところを突かれた。何とか反論しなければならない。
「社会的責任もあるだろう?」
「そのお言葉はそっくりそのまま、そちらにお返しします」
「ただなら引き取るのか?」
「私どもは行商事業や塾事業などと一体として郵便事業を展開し、利益を出していました。郵便だけ単独で扱うことに当方としては魅力が見出せません」
「行商と一緒なら引き取るのか?」
「いえ、行商の方も、そちらはずいぶんと価値を棄損してしまいました。とてもとても従来の金額では引き取れません」
言葉は丁寧だが、まったく取り付く島もない。もう話は平行線で進展しそうにない。ジラルドの秘書が入ってきて耳打ちしたタイミングで、会談は打ち切られることになった。
ジラルドとの会談結果をパラダ様に報告する。案の定、怒鳴りつけられる。横ではクレムとモナプが冷たい目で見ている。
なぜ私ばかりこんな目に合わなければならないのか。だいたい譲渡しようと言ったのはクレムとモナプではないか。
「それでどうするのだ?」
「立て直しは無理です。もはや廃止するほかないかと」
クレムが廃止を言い出す。それに続けてモナプも同意する。
「続けても儲からないどころか赤字です。早々に廃止するのがよいでしょう」
パラダ様も廃止はやむを得ないという方に傾く。
ただ本当に廃止などできるのだろうか。行商と違って役所まで絡んでいる。
「あのー、契約書に役所まで噛んでいますが、本当に廃止は可能なのでしょうか?」
3人からは何を余計なことをと言わんばかりの目で見られる。
「まあその点についてはバンディ殿がお確かめください」
「役所の担当者とも懇意のようですし」
「バンディ、任せたぞ」
何で思い付きレベルで指示されたことの下請けをしなければならないのか。それが可能かどうかなど発言する前に調べるべきだ。
役所の担当者などこちらを叱りつけるだけで懇意になどなっていないし、なりたくもない。
だがパラダ様から依頼されればせざるを得ない。
翌日は役所に向かう。会いたくはないが、スミスに面会を申し込む。
「何の用かね?」
「はい、私どもの方で、トラブルの起こっている郵便事業ですが、廃止の方向で検討しております」
「何だと?」
「現在トラブル続きで立て直しが困難であること、収益が上がる見込みがないことが理由です」
「公共性のある事業をそんなに簡単にやめられても困るな」
「しかし全く見込みがないのです」
「とにかく、どうするべきか調べなおす。また連絡するからそれを待て」
というわけで、役所のスミスからの連絡を待つことになった。
数日して役所のスミスから呼び出しを受ける。
「あの件な、契約書を精査しなおしたところ事業の重大な変更には町長の同意がいる旨があった。廃止には当然町長の同意がいる」
「えっ? そんな。商売をするのにいちいち役所にお伺いなどたてられません」
「いや、お前たちの引き受けた事業は公共性の高い事業だ。儲からないからやめるなどということはできん」
「そ、そんな……」
「そんなも何もない。とにかく継続に向けて努力を続けるように」
スミスに言い渡されて、商会に戻る。気が重いがパラダ様に報告しなければならない。
さっそく報告に行く。
「実は例の件、役所に問い合わせましたが、契約書の中に事業の重大な変更に町長の同意がいる旨が書かれており、すぐに廃止はできないようです」
そう話すと、パラダ様は明らかに失望の様子をあらわにする。そしてクレムとモナプが余計なことを言いだす。
「こうなっては仕方ありませんが、先に領主様にお話しすべきでしたな」
「まったく、順番を間違ってややこしくなってしまいました」
人にいやな役を押し付けたのはお前らではないかと思う。それで失敗すれば非難する。どうしろというのだ。
結局、パラダ様が領主様直下の家宰にお伺いを立て、後継となる商会を見つければやめても構わないとのご示唆をいただいた。
そこでモナプたちはごくごく小さな商会を作って引き継がせて、潰してしまえばよいなどと言っている。
また実務は私に押し付けられるのではないか。そもそもそんな浅知恵の実現は役場が絡んで来たらひとたまりもないだろう。
結局あとを継げるのはシルヴェスタしかないということになって、うちが費用を払って頼むことになりかねないかとも思う。もううんざりだ。




