75. 郵便事業譲渡の申し入れ拒否
クルーズンでは幹部たちが大活躍しているのに、俺はクラープ町の後始末ばかりだ。いまはもうクロだけが癒しだ。いまじゃなくてもそうかもしれない。
というより前世からそうだったかもしれない。猫は世界を超えた癒しなのだ。
それはともかくジラルドからまたとんでもないことを聞かされる。なんでもパラダ商会から北部の郵便事業を1億で引き取るよう打診があったとのことだ。
打診というよりとうぜん引き取るものだと言わんばかりの物言いだったという。はっきり言って第一印象は最悪だ。
「どうしますか?」
「いちおうこれはシルヴェスタ・ドナーティ合同商会に来た話だから、マルクたちとも話し合わなきゃいけないけれど、まあ見込みはないね」
「ええ、ダメですね」
「いろいろ残務がたまっているところ悪いが、取締役会に出す資料を作ってくれ」
「わかりました。いちおう方針を話し合いましょう」
「ああ。まず、向こうの郵便事業が破綻している。1億は高すぎる。郵便事業は行商営業と一体になって利益を出していたため単独では引き受けられない」
「向こうの事業が破綻していることについては裏付けが要りますね」
「そうだな。それは向こうから逃げてきた店員がいくらでもいるから証言は取れそうだな」
「そうですね。こちらの方は証言を取っておきます。クルーズンに行った人の方はそちらでお願いします」
「うちが断ったらあいつらは郵便を廃止する可能性もあるな」
「確か遠隔地の行商も儲からないと簡単に廃止したそうですから、そうするでしょうね」
「ただ郵便事業は町の許認可もあるから、そう簡単にはやめられない」
「ええ」
「そうすると考えられることは……」
「うちに押し付けてくることでしょうね」
「そうだろうな」
「役場の方も絡んできますね」
「そうなんだよな。それが面倒なんだ」
「どうしますか?」
「それはもちろん引き受けない。だいたい郵便事業だけで利益はでない。あれは行商営業と一体になって利益を出していたんだ」
「ええ、そうでした」
「だから行商の営業権とセットなら引き受けるが、郵便事業単独では拒否する」
「そうするほかありませんね」
「他に何か気づくところはあるか?」
「ええ、郵便単独で利益が出ないことは資料を作っておいた方がよさそうです」
「そうだな。アーデルベルトにも聞いてみるよ」
「お願いします」
ややこしいがクルーズンは俺だけが経営するシルヴェスタ商会、クラープ町はドナーティと合同のシルヴェスタ・ドナーティ合同商会だ。
そこで北部の郵便事業を引き取るかどうかはクラープ町の合同商会に来たため、最終的な決定は取締役会だ。
合同商会の取締役は俺も含めたクルーズンのシルヴェスタ商会の幹部と元のドナーティ商会の2人とクラープ町の何人かの商店主だ。
いちおう方針は代表取締役であるマルクとカテリーナが出すことになっている。2人に話をする。
「実はジラルドのところに、パラダ商会の番頭から北部の郵便事業を1億で引き取れと打診が来ました」
「そ、それは……」
「あまりいい話じゃなさそうね」
「ええ、ひどい話です。だいたい、もう事業の実態があるとは思えません。しかも郵便だけでは儲かりません」
「いちおう詳しいことを知りたい」
「そうね、情報が欲しいわ」
「ええ、いま資料を作って、証言を集めています。出来たらお見せします」
「よろしく頼む」
それからクルーズンにいるうちの幹部たち、つまり合同商会の取締役とも話す。
クラープ町の商店主たちは申し訳ないが後回しにするか、マルクたちに委ねることにする。
証言についてはパラダ商会から逃げてきた者に聞くことにする。クラープ町の合同商会にもクルーズンのシルヴェスタ商会にも逃げてきた者はいる。
早いうちに逃げてきたものは状況を知らないかもしれないが、最近までいたものは状況を知っている可能性が高い。
「いや、ひどいものでしたよ。まったく収拾がついていませんでした」
「具体的にどんな感じだったの?」
「まずはそもそも担当者がどんどん辞めて引継ぎがいい加減になっていたことがあります」
引継ぎはもちろんフォーマットを決めてそれに則っていれば自動的にできるようにしておくのがよく、できるだけそうしておいた。
ただどうしても部署ごとに個別事情というのはある。そういう事情はやはり熟練した者同士でないと伝えにくい。
さらにあまりに引継ぎが繰り返されると事情をきちんと把握する前にまた引継ぎになってしまい、実質的な話が伝わらなくなる。
「それにフェリスさんのときは、郵便物を別の場所に運ぶたびにいちいち記録をつけていました。
ところがある時から人が不足したこともありますが、そんなものは余計な手間でいらないというのです。そこに手紙があるんだから届いたんだと」
それでは事故のときの追跡が全くできない。
「配達の子ともたちへの扱いも雑でした。ただ渡して、とにかくこれを配っておけ、それだけでした」
従来の子どもの使いは危ないから、いろいろとうまくいくように、本人が難しいときはきちんと申告させて、できるように手伝いをしたり、できないようなら手紙を戻させるように方策を立てていたのだ。
さらに彼らが字が読めるようにと塾まで作っていた。そうして親御さんにも支持され、本人たちも誇りが持てるようにしていた。それらをパラダたちは全部崩してしまった。
「手紙や荷物の整理も全くついていなくて、破れたり汚れた手紙があったり、へこんだ荷物もありました」
そういった証言を全部記録する。
ジラルドはジラルドで、クルーズンから連れてきたアーデルベルトとともに、郵便事業にどれくらいの費用が掛かるか計算している。
実際に、行商ついでに運び、その先は子どもたちに配らせていたのでずいぶん節約できたのだ。
それが全部配達員になったときの概算などを作る。郵便の送料は安くないが、扱う数がそれほど多くないので、専門配達員など使うと完全に赤字の計算だとわかる。
証言録と費用の試算とをあらかじめうちの取締役とマルクとカテリーナに見せる。
臨時取締役会はクルーズンにいるうちの幹部たちも参加する。移動には2日はかかるので、ギフトで移動する。
ただ会議は日付が残るから、その前後2日にクルーズンにいたことになると後で困る。だから幹部たちは2日前にはクラープ町に移動してもらい、幹部スペースや実家などに泊まってもらう。
そして会議後も2日はやはり町で時間をつぶしてもらう。そこまで時間の取れない取締役は委任状を出してもらった。
けっきょく会議では作成した証言録や試算などが提示され、大勢は決まった。
役所がらみで配慮しなくてはいけないかもしれないとの意見は出たものの、結局のところは誰もが郵便事業譲受拒否だ。
まったく実にくだらない。役所が何か言ってくるだろうが、営業権をよこさない限りは絶対に拒否する。ただその前にパラダらの方が破綻するような気がしていた。




