(パラダ) 郵便事故と賠償
私はパラダ商会の番頭バンディ。シルヴェスタから引き継いだ行商の統括をしている。
面倒なことにシルヴェスタ・ドナーティ商会の担当者と面会しなければならない。
基本的には町北方の事業は買い取ったので、彼らとは関係がない。ところが一つ問題があったのだ。
郵便である。シルヴェスタは行商だけでなく郵便網も築き上げていた。そこで北側の事業を買い取ったときに、郵便網もついてきてしまったのだ。
かつての郵便は子どもやギルドなどに頼んで届けてもらうだけであったが、シルヴェスタの作った郵便はもっと組織的なものだった。
この郵便が南側だけとか北側だけで完結していればよかったのだが、そうはいかずに両者は密接に一体化していた。
つまり北から出して南に届く郵便もあれば、南から出して北に届く郵便もあるのだ。だから全く切り離すわけにはいかない。
しかも住民だけでなく役所までシルヴェスタの作った郵便網を活用して行政を行い、もはやそれなしではあまりに不便を感じる状態になっていた。
ただ南北の郵便を接続するだけならば、手代あたりの実務者同士でやり取りすればよいのだが、最近我々北側の方で郵便の事故が多発しているのだ。
それで事故が多いことに南部のジラルドがクレームをつけてきたのだ。郵便などその程度のものだというのに。出したはずの郵便が届かない、さらに荷物も壊れているという。
「バンディ様、郵便のことについて、南部のジラルド・ジャーニ氏が申し入れをしてきました」
「どうしたんだ?」
「なんでも向こうで引き受けてこちらに引き渡し、こちらで配達を担当する郵便物が何件か先方に届いていないとのことです」
「ああ、わかった。適当に説明しておく」
「大丈夫ですか? 郵便の仕組みについてはご存じですか?」
「ああ、だいたいわかっている」
「はじめまして、シルヴェスタ・ドナーティ商会のジラルド・ジャーニでございます。本日は郵便について伺いに来ました」
「パラダ商会のバンディだ」
「さてご担当の方にも説明しましたが、当方で引き受けて、引き渡し、そちらで配達することになっている郵便が何件か届いていません」
「それは確かなことなのか?」
「はあ?」
「だから、それはそちらでなくしたのではないのか?」
「これは異なことを。引き渡しの際に、そちらの担当者から受け取りをいただいております」
「何だと?」
「初めに郵便の協定を作ったときのルールに従ったものです。こちらの表の×のついた手紙が不着とされているものですが、この通りそちらに引き渡されています」
「はて、当方では知らないのだが……」
「そちらのご担当者の印をいただいているので、もはやそちらの責任です。郵便については追跡する扱いとなっているはずです。追跡結果をお知らせください」
「何だそれは? なぜそちらがそんな指図をするのだ?」
「郵便事業譲渡の際の契約によるものです。役所も承認して町長も調印した内容です」
なんだ? それは? 聞いていない。
「まあ、わかった。調べておくから、待っておれ」
「いつまでに調べていただけますか?」
「調べるから待てと言っているのだ」
「不着の場合の調査期間も決まっております。申し出から1か月です。それまでに見つからない場合には賠償の1件当たり3000ハルクは契約通りご負担いただきます」
「なんでそんなものを払わされるんだ!」
「町長も承認した契約に従ったものですのでお忘れなきよう」
それだけ言うと、ジラルドは出て行った。
ジラルドが出て行ってさっそく、郵便の担当者に聞いてみる。すると、契約も引き受けもすべてジラルドの言ったとおりだった。
向こうがなくしたかもしれないと言い抜けしようかと思っていたのに、すでにこちらの担当者が受け取りの印を押してしまっていたのだ。
まったくなんで、私があんな子どもに一方的に怒られなければならないんだ。担当者は何で説明しないんだ! 腹が立って担当者をしかりつける。
「それで追跡というのはどうなんだ?」
「いちおう配達個所の店までは行ったとは思われますが……」
「思われますが、とはどういうことか?」
「つまり仕事に慣れたものがもう店におらず、どうなっているのかわからないのです」
「とにかく店を調べてみろ」
「はいっ!」
そういって調べさせたが、どうにも要領を得ない。仕方なく番頭である私が陣頭指揮をとって調べることにする。
そうして調べ始めるが、どうなっているかわからない。どうやら引き渡されたものは、配達場所の近くの店に入っているらしい。ただ店に行ってもよくわからない郵便物や荷物が放置されている。
「なんでこんなことになっているんだ?」
「はあ、担当者が辞めてしまったのでよくわかりません」
「まったくいい加減な! 何でこのパラダ商会を辞めたのだ」
「髪飾りもいらん。ブドウもいらん。高級パンもいらん。ペイの出ない行商もしたくないと、こぼしていました」
「まったく、出来損ないか。それで?」
「次の方に引き継いでいましたが、その方も来なくなり、また次の方に引き継ぎましたが、その方もいなくなり、もうその後はそのままです」
配達人たちも何をしていいかわからないと口々に不満をこぼす。
「なんでお前たち配達できないんだ!」
そこにいる子どもは震えるばかりで声も出さない。まったくそうしていれば許されると思っているのか。そこで年長の子どもが答える。
「フェリスさんのときには研修もありましたし、次に何をするべきか具体的に指示が来ていました。こちらでは何をしていいかわかりません」
「そ、そんなこと、自分で考えろ」
「フェリスさんのときには……」
「どいつもこいつもフェリス・フェリスと……。ここはパラダ商会だ!」
「それはけっこうですが、きちんとした運営をしてください」
「お前ら全員首だ! 代わりはいくらでもいる! もう2度と来るな!」
これですっきりした。この手紙は……、まあ放っておくしかあるまい。
だがしばらくすると、またジラルドから連絡があった。
「調査結果は不明ということでよろしいですか?
いずれにしても郵便の約款に従い、差出人には受付を担当したうちから賠償をしました。つきましてはそちらの責任分の補償をお願いいたします」
そういって、十数万の請求書が回ってきた。期限まで払わなければ、訴えるとの定型文付きだ。まったく忌々しい。
仕方なくパラダ様のところに持って行く。
「なんで見つけた時点で、手紙を届けなかったんだ?」
そう非難される。パラダ様の視線がきつい。横でクレムが腕組みをしている。
「この文言では払わざるを得ないでしょうな」
「1つでも多く届いていれば、その分だけ払わなくてよかったというのに」
「郵便など届かないのが当たり前ではないですか?」
「おや? バンディ殿はご存じない? フェリスめが到着の保証と不着時の賠償を約束して以来、役所もそれを前提に動いています。役所が噛んでいますので、もうその理屈で動くしかないかと」
クレムが上から物を言う。それに畳みかけるようにパラダ様の言葉が続く。
「バンディ、とにかくその残った郵便を整理しておけ」
そういうわけで私は店に来て、郵便物の整理をしている。
配達をさせようにも子どもは首にしてしまった。行商人たちにさせようにもこちらの顔を見るとと逃げてしまう。私がしないといけないのか。
しかも郵便物と行商の在庫と入り交じってよくわからないことになっている。一部ちぎれた手紙などもあるし、もう収拾がつかない。
さらに今度はうちで引き受けた郵便について差出人から苦情が届いた。これはいい。あのジラルドを追及してやるチャンスだ。さっそくジラルドに面会を申し込み、問いただす。
「うちで引き受けて、そちらが配るはずの郵便が届いていないという。早く調べてくれ。ないなら賠償をしろ」
「どちらの郵便でしょうか?」
「こちらのリストの郵便だ」
ジラルドはあちらの手代に郵便のリストを持ってこさせ、うちの持ってきたリストと対照している。
「はて、こちらで引き受けた記録がないのですが……」
「だが、こちらで受け取って、そちら宛てになっているのだ」
「以前も申しましたが、そちらから当方への引き渡しの時点で、当方の担当者の受取のサインがあるはずです。それをお見せください」
そういえばそんなことを言っていた気がする。手元に持ち合わせがないので、後で持ってくると言って引き下がる。全く面白くない。
ところが郵便担当の手代に探させても、まったくそのサインが見つからないのだ。これではジラルドを追及できないではないか?
しかもジラルドの方は1週間おきくらいに、あの件はどうなったのかと、手紙で問い合わせをよこす。
面白くないので放置しているが、そのうち役所にも通知しているとの文言まで入りだした。
また追及されそうだ。まったくどうなっているのだ! この賠償もうちが被らなければならないのか?




