70. クルーズン市で出店ラッシュ
クルーズンに移ったにもかかわらず、俺自身はむしろ、クラープ町の後始末の方に追われている。
だが、その間に幹部たちは着々と、というよりも競うように、すさまじい勢いでクルーズンの仕事を拡張しつつあった。
人口が増えているだけに買い物不便地も結構ある。それでうちに早く来てほしいなどという町会もあるようだ。アランが友達の女の子の伝手でそういう町会を探してきた。
「アランの遊びも役に立つことがあるのね」
「いや俺はいつも仕事のことを考えて女の子たちに話しかけているんだ」
「うちの評判を落とすようなことはやめてくれよ」
「そんなことあるはずないよ。みんな仲良くやっているんだから」
「色恋沙汰は何が起こるかわからないからな」
なんとなく俺が色恋無沙汰なので余計なことを言っている気もしないではない。
それはともかく、アランの持ってきた案件が、うちに出店を急がせるために、うちに異常に有利な条件になっている。
「どうだ? これなら相当儲かりそうだろ?」
アランは言うが俺は少し懐疑的だ。
「商売はね、長く続けて、長く儲けるのが一番だからね。そうすると立ち上げ時の苦労や費用も無駄にならないし、どんどん商人の技量も上がる。
長く続けるにはもうけ過ぎない方がいいんだよ。自分だけ得するのではなくて相手やまわりもきちんと利益があるようにした方が長く続く」
「こちらに良い条件にしておいて、それがうまくなくなったときに変えれば儲けにつながるんじゃないか?」
「でもさ、うちの商売だってまねしやすいでしょ。もし良くない条件を受け入れた相手がいたするよ。
それでどこか他のうちをまねした業者が乗り換えないかとその相手を誘ったとき、もしうちが儲けすぎていたら簡単に乗り換えられてしまうよ。
だけど妥当な条件だったら、面倒で乗り換えようとしないだろ。というより別業者がそれよりいい条件を出しにくくなるよ」
「なるほど」
「変なテクニックを使わないで、初めから妥当な条件で契約した方がいいんだ」
アランが持ってきた案件も含めて、妥当な条件で検討しなおして出店先に順位をつける。
いくつも出店候補があるので、とにかく候補地の担当者はその場所のよい点をたたえる。
だが口だけだとわからなくなるので、全部紙に書かせる。そして改めて検討しなおす。
その時に幹部が実際に歩き回ってそれなりに土地勘があったのはよかった。
ただ感覚だけではやはりまずくて、もし議論が対立したら、改めてその場所を歩きなおすことにする。
そうすることで見落としていたものが見えてくる。
人手不足は相変わらず続いているがクラープ町のパラダらから逃げ出してきた行商人たちが来たおかげで緩和しつつある。
もちろん彼らはひどい目に遭ったし、意図せぬ引っ越しもしたためにかなりの負担がかかっている。
少しずつならせばいいから、初めは無理をしないように言っておいた。
「初めは無理する必要ないからね」
「だけど仕事していた方が調子いいんですよ」
「やっぱり商売はこうじゃなくちゃ」
「きちんと商売が回るのっていいですね」
「パラダの店とは大違いだ」
「あっちはひどかったよな。全部丸投げで、ただ売ってこいだけ。売る物もしょっちゅう足りなくなるし、どこに行くかが突然変更になるし」
「用事があって帰らないといけない時間なのに、とつぜん行商に行って来いなんて言われたな。しかもその分のペイがない」
「本当に逃げてよかった」
とつぜん仕事が降ってくるのはぎりぎりの人間で回しているからだ。少しくらいさせる仕事がなくて経営側に無駄になっても余裕をもって人を配置しておくべきだ。
そうしておいて、いつでもいい仕事を振ってもいいし、研修させておくのもいい。そうすれば実は経営側の損も大したことはない。
本当に突発的な事態で予定外の仕事をさせることはあるかもしれないが、その時は後から補償すればいい。
ふだんから十分に無理をさせないことに気を付けていれば、本当にごくまれな無理くらいは聞いてくれる。それをしょっちゅう無理させるから逃げられるのだ。
初めはそんなにたくさんが逃げてくるわけでもなかったが、どんどんパラダの方が無理をエスカレートさせていたようで、あとから逃げてくる人が増えて30人ほどにもなった。
独身寮を急遽作ったりこっちは経営側が少し無理をしたが、おかげで受け入れがスムーズに行く。
彼らは研修や数か月あるいは1年以上の経験を経ている。だから雇い立ての従業員の指導もできる。
これはいま拡大中のクルーズンでは頼もしい。
アランをはじめ幹部たちはどんどん拡大したいのに人が足りなくて困るとこぼしていたが、かなりの部分で配置できるようになった。
全く経験のない者を店に出すとトラブルを起こしそうで怖い。そうやって急拡大して顧客満足度を上げられずに、今度は急縮小したチェーン店が前世でいくつかあった。
あまり無理しない、ブラックにしないなど、いくつかポイントだけ守らせれば、あとは幹部たちのやりたいように拡大していけばよさそうだ。
クラープ町とクルーズンの両方で仕事をして、もちろんその接点はおうちで、そこにはクロがいる。
「クロはおうちでゆっくりできていいね」
本当にいいと思っているのかどうかわからないが左手に絡みついてくる。
「クルーズンではみんなどこに出店しようかと競争しているよ。これはいいことなんだけどね」
俺の左手に絡みつくクロがぴくぴくして、さらに強く左手を抱え込む。
「クラープ町では後始末だ。パラダがうちの元従業員たちにひどいことをしていてね」
クロは爪を立てていないが、爪の形は感じられる。それが押し付けられる感覚もなんとなく気持ちがいい。
クロ相手に話すのは合理的に考えると意味がなさそうだが、どう考えても有意義だとしか思えない。
合理的に考えること自体が実はものすごく制限された考え方なのか、猫は理を超えているのか。そんな風にも思う。
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