(パラダ)クレムの暗躍
私はパラダ商会の番頭バンディ。シルヴェスタから引き継いだ行商の統括をしている。
どうも行商の業績がよくない。1か月100万ほどの利益が出ていたはずだが、先月は80万だった。
行商人も次々辞めるし、何か不穏な雰囲気がある。そのことでパラダ様から呼び出されてしまった。
パラダ様の執務室に伺うと、クレムも同席している。
「バンディ、業績はどうだ?」
「はあ、それが先月は振るいません。月100万ほどで来ていましたが、先月は80万の利益でした」
「何か打開策はあるのか?」
「行商人どもにますますはっぱをかけるとともに、キャンペーンの回数を増やしていこうかと考えております
「それで足りるのか?」
「はあ、それはしてみませんと……」
「クレム、その方は何かアイディアはないか?」
「既存の行商人については完全歩合制にしてはいかがでしょうか?」
「なるほどな」
「そ、それは……、シルヴェスタとの契約の、同条件での雇用の部分が満たされるでしょうか?」
「平均を同じにすればよろしいのでは? そうすれば、能力のあるものはより稼ぐことができて、稼げないのは能力がないということになります」
「なるほど。まあ契約などと言っても、ご領主様さえ納得していただければ、それでいいものだからな」
「ではそのような方向でよろしいでしょうか?」
完全歩合制については以前から出入りしているコンサルのモナプも賛成し、クレムとモナプの相談で制度が整えられた。
つまり売り上げに応じた給料を出す制度だ。ところがやはり猛反発する者はいるようだ。
クレムによるとシルヴェスタとの契約を持ち出すものもいたが、平均が変わらない以上は契約の範囲内で、給料が下がるのは本人の無能のせいだと押し切ったとのことだ。
しばらくしてさほど売り上げの大きいものが出るわけでもないが、明らかに劣るものは出てくる。
そこで給料の下げられた行商人が、苦情を述べている。
「なんで給料がこんなに減るんだ?」
「この成績で今まで通りの給料をもらおうと考えるのがおかしい」
クレムが行商人をしかりつけている。
「お言葉ですが、私の行った行商先は誰が行ってもあまり売れる場所ではありません。そもそもスタートが不公平です」
「だまれ! そういう場所でもそれに合わせて工夫してこその行商ではないか! それもなしに場所が悪いから売れませんでしたでは、子どもの使いだ」
クレムは行商人を諭している。これで心を入れ替えてくれればよいのだが……。そう期待していたが、翌日辞めたという。
まったく商売人としての意気地が全く感じられない。もっともまた完全委託の行商人で補充すればよいだけだ。
クレムはシルヴェスタ商会にいたときは閑職だったためか、行商人たちに対するあたりが強い。理屈を言って突き放し言い訳を許さない。
こういう毅然とした態度を取らないと、どうもあの商会にいた者たちはつけあがり、上の者を上と思わない風が強いので困る。しばらくはクレムに任せるのがよさそうだ。
ところがせっかくシルヴェスタから引き継いだ行商人には完全歩合制を導入したにもかかわらず、さほど売り上げを伸ばそうとする者が出てこない。事情を聴いてみる。
「シルヴェスタ様には商売の心得を伺いました。商人だけが得をしても客だけが得をしても商売は長く続かないとおっしゃっていました。
お客様に無理に物を買わせるような商売はしたくはありません」
そんなぬるいことを言っているから売り上げが上がらないのだ。行商前に標語「一つでも多く売ります」を唱和させることにした。
ある時、行商人の一人がクレムに食って掛かっていた。
「なんで先月と同じ売り上げなのに給料が下がっているんだ?」
「ああ、それはシルヴェスタとの契約のせいだね。以前と平均をそろえている」
「それは売り上げが伸びなくて給料が安くなった者が辞めたら、何もしなくても平均が上がってしまい、平均を揃えたら給料が下がるではないか」
「逆に売り上げが伸びて給料の高いものが辞めたら、何もしなくても平均は下がるのだから公平だ。契約がそうなんだから仕方ないだろう。恨むならシルヴェスタを恨めばいい」
かなり無理な理屈にも見える。給料が安くて辞める者はいるだろうが、給料が高くて辞める者はめったにいない。だが理屈としては通っている。ここは行商人どもを押さえつけられれば良い。
そうやって2月ほどが過ぎたが、やはり目立って売り上げが増えているわけではない。週で見るとたまに伸びることもあるが、全体的な傾向としてはむしろ減っている。
シルヴェスタから引き継いだ行商人の方はどんどん辞めていく。もう3割もいないのではないかと思う。
代わりに高齢の行商人や完全委託の行商人などが入ってきている。彼らはシルヴェスタとの契約の縛りがないので、さほど給料を払わずに済む。
ただそのせいなのか、なにか元の行商人に比べて少しがさつで品のない者が多くなってきたような気もする。もっとも商売など押しも必要で、公家のようなものには務まらない。




