どんどん店を出したいが人が足りない
街を歩き回ったので実際に出店先を決めることにする。みんなで歩き回った街の情報が地図付きで、目の前にある。
「店を出すときにこんなに情報を集めるお店はあまり聞いたことがありませんな。
候補地を見つけた後に少し調べることくらいはあるでしょうが」
大商会にもいたアーデルベルトの太鼓判だ。そう言ってもらうと頼もしい。
21世紀の日本のチェーン店なら周辺人口や店の数や交通量など調査してたぶん統計モデルを使って出店の可否を調べていると思う。
後はどこに出店するかだ。もちろん競合する店がある場合は避けた方がよい。
「この辺は住宅があるけれど、どこの店に行くにも遠いね」
「じゃあ、出店だな」
「いや、ちょっと待てよ」
「なんかあるのか?」
「とりあえず行商を出すのはいいけれど、ここなら固定の店も出してもよさそうだ」
「ああ、そうね。それいいわね」
「だろ?」
そんな感じで出店が決まっていく。
「この辺は……」
「うん? あまり売れそうな場所じゃなかったよな」
「うん、確かにそうなんだけど、けっこうよその客が多いんだよね」
「そうか」
「うん。だから肉とか野菜とか麦とかは売れないけれど、装飾品とか、グッズとかそういうものは売れると思う」
「確かにそうだな」
「別に食料品にこだわらなくてもいいんだよな」
業種が変わりそうな勢いだ。ただこれも行商なら自由にすればいいように思う。失敗したらやめればいいだけだ。
ましてよそからくる人向けの装飾品やグッズならやめてもあまり人に迷惑が掛からない。
「ここは素直に出店できそうだ」
「たしかにそうだな。店はあるけどあまり近くはない。住民もそれなりにいる。何か今までの行商向きだ」
そういう判断がすぐにつくようになったのはなんとも頼もしい。もちろん発想が固定されすぎるのも困るが、熟練が感じられる。
みんな子どもだけど幹部の風格が出てきた気もする。いや考えたら、前世の会社の幹部連中も老人だったが、十分子どもだったか。
話し合いでかなりの行商の候補地が上がった。ただ人が足りないのですぐに全部は出せない。
仕方がないので順番をつけて、行商に望むことにする。他の店との対抗上、抑えておいた方がいいところは最優先だ。
そうして次の日には出店したくて抑えきれない彼らが広場の管理者との話し合いに向かっていった。
人が足りないとなれば労働時間を増やすことはありうる。うちはブラックではないので、働いた分はきちんとペイを出している。
たくさん働きたい人もいるので、そういう人は長めにしているが、それでも9時5時週休2日は譲れない。
だいたい休みで疲れをとるということもあるし、余暇を楽しんでいるうちに他のいろいろな発想を持ってもらうことも重要なのだ。
だから特に勤務時間が長い者については、よそで働かないように強く言い渡して、契約にもしている。
うちの給料で暮らしていけないなら仕方ないが、むしろよそよりいいくらいだ。
「これじゃ人が足りないな」
「まあそれは育てればいいということで」
「育てるにしても最低限でも3か月、それ以上なら半年はかかりそうだ」
「あまり悠長にしていると他にまねされてとられちゃうかもしれない」
「何とかならないかな?」
「もう少し長い時間働いてもらうとか」
「それはダメだ!」
きっぱりという。ブラック排除はうちの商会の最低限のルールだ。これをないがしろにしたら、商会自体が成り立たなくなる。
「働き過ぎは絶対ダメだ。だいたいそういう無理のあることは後で息詰まる」
あまりに急いで育てすぎると無理が起こる気もするのだ。さらに実は人だけでなく組織も育てないといけない。
「人を増やすとなると組織も必要だよ」
「確かにそうですな。いままではなんとなくでやってきましたが、人が増えるときちんと管理しないといけない」
アーデルベルトは大商会でやってきただけにわかっているようだ。
「そろそろ人事部が必要になると思うんだ」
「人事部って何をするの?」
「人の採用から、教育、それに配置、それから労務管理や給料の計算なんかもしないといけない」
「はあ、確かに商売だけやっていればいいわけじゃないな」
「まあ給料の計算なんかはもう担当者がいるからそれを回せばいいけれど、こういう事務を統括する担当者も置かないといけない」
「ああ、めんどくさいな」
「商会が大きくなるってこういうことだよ。だんだん大商会の仲間入りをしつつあるんだ」
「そうかあ、うちが大商会か。それはいい響きだな」
人事部についてはすぐには決まらなかったが、それぞれの事務を担当する担当者を集めて、仕事の内容を書き出してもらうことにした。
こういうものもフォーマット化して効率よく回るようにしたい。それに誰かが辞めたからと言って、その仕事が滞るようでは困る。
給料の計算の担当者がいなくなって、給料が出なくなるとか、人によってよけいにで足りたりなくなったりしたら目も当てられない。
そんな風にして、新規出店の攻めに加えて、それを支える後詰を整える体制を作っていくことにした。




