55. 同居人2人のそれぞれ
クルーズン移転に当たっては家のことを、つまり同居人2人のことを片付けないといけない。
いちおう2000万で買った家は6部屋もありは3人でも十分住めるが、俺が1人で使ってもいいと思っていた。
まず簡単な方から片付ける。実はこの前13歳になった。シンディは数か月だけ上だ。いい加減、胸も膨らんできている。
「シンディ、向こうでの家はどうするの?」
「どうするって?」
「いやそろそろ引っ越さないといけないだろ?」
「え? フェリスの家があるんじゃないの?」
もう同居は前提らしい。
「1人暮らししたいとかないの?」
「だって、面倒じゃない? 1人じゃご飯作れないし」
はあ、これだ。
「あとさあ、マルコは向こうに行けるかどうかわからないんだよね。そうしたら2人になっちゃうけどいいの?」
「まあ、いいんじゃない? 親もフェリスと一緒になりなさいなんて言っているし」
「え? えっ? そういうつもりなの」
「今すぐにってわけじゃないけど、それでもいいわよ」
なんか投げやりだが、すごい告白を聞いた気もする。
「それはともかく、そろそろ食事くらいは作れるようにしないと、将来困ることになるよ」
「将来って?」
確かによく大人が言うセリフだが、よくよく考えると将来のことがそれほど予測できるわけでもない。
とにかくシンディはもう同居のつもりらしい。とりあえず後のこともあるので、一度セレル村に行ってご両親と話をする。
村に行ってシンディの両親のレナルドとシルヴィアさんと会う。
「こんどクルーズンに移ることになりまして」
「何か領主とあったらしいな」
「はい、まあひどい沙汰で」
「シンディはどうするの?」
「シンディも一緒に移ると言っています」
「そうか」
「それでシンディはまた同居すると言っていますが……」
「ほう」
「マルコが同居できないかもしれませんが、それでも問題ありませんか」
「まあ本人がいいならいい。何ならもらってくれ」
「あなた、それはフェリス君の都合もあるでしょうし」
心配しただけ意味がなかった気がする。
「ところでシンディの……なんというか、生活の技術の方ですが……」
そう言うと、2人は当惑し言葉少なになるが、シルヴィアがきっぱりと言い切る。
「要するに料理や掃除や裁縫や家事全般ができないんでしょう」
「はい」
「わかりました。1週間くらいでできるだけできるようにしつけます。シンディに帰ってくるように言ってください」
「はい、ではそうします」
そういってお宅を辞去する。あとはロレンスにも会って、いろいろと話をする。もう移ることは伝えてあって、具体化したことを話す。
さて村からの帰り道はギフトは使えない。使うと、いま毎日のようにクラープ町とクルーズンの間で行き来しているホールが消えてしまうからだ。そうするとまた馬車で2日間揺られないといけなくなる。
乗合の馬車に乗ってクラープ町に戻る。そしてシンディにさっきの話を伝える。ただ先にいろいろ理論武装しておいた。
「なんであたしがそんな面倒なことしないといけないの?」
「でもね、生活の技術は身に着けておいた方がいいよ」
「だって必要ないじゃない?」
「それは僕らがやっているからだし、道場の内弟子だって騎士の従者だってできないと仕事にならないよ」
「だけどそんなのいまじゃなくていいじゃない」
「こんどクルーズンに移ったら、いままでのようにはご両親には会えなくなるよ。今までは3時間歩けばよかったけれど、今度は2日以上かかる。この機会だしシルヴィアさんからもちゃんと教えてもらっておいで」
相手の目を見つめて少し強めに言う。さすがに拒否はさせるつもりはない。
「フェリスってときどきオッサンみたいな言い方をするのね」
いちおう彼女は受け入れて、向こうで一通りの家事を教えてもらってきたようだ。これで今後は朝食などもいつも俺というわけではなくなるかもしれない。
さてもっと難しいのがマルコの扱いだ。
合併前からドナーティ商会の手代になっていた。実は単なる手代というだけでなくもはや番頭クラスで商会の中でもそれなりの位置を締め始めているのだ。それをこちらの一存で連れて行くわけにはいかない。
マルクに面会を申し入れて、うちの旧本部で会うことになった。いまは合併したシルヴェスタ・ドナーティ商会の管理下だ。
「フェリス君、移転はどんな具合だい?」
「ええ、順調に進んでいます。向こうの商売のめども立ちつつあります」
「それはよかった。こちらの方は僕らで引き受けるから、」
「はい、ありがとうございます」
「それで、マルコのことなんだが……」
「はい」
とうとう宣告のときが来てしまうのか。
「マルコもクルーズンに行ってもらうよ」
「え? でも合同商会の方は大丈夫なんですか?」
「私がね、フルタイムで入ることにしたよ」
経営を任せていたが、マルクについてはセレル村の店も見ないといけないため、パートタイムだった。
そうは言ってもしょっちゅうこちらに来ていた。かなり忙しかったのだろう。馬車なら2時間かからないとはいえ、1日のうちに行き来して両方の店を見ることもあったらしい。
ともかくマルクがフルタイムなら頼もしい。マルコは有能だがまだ子どもだ。経験がはるかにあるマルクのほうが、マルコが欠けたとしてもあまりある。
パラダとか領主とか海千山千の連中と相対するとなると、マルクくらいの貫禄が欲しい。
「ただ、そうすると、セレル村の店の方は?」
「それはマルケに任せることにしたよ」
そういえば、ほとんど会った覚えもないが、マルコには兄がいた。よそで修行中とのことだった。
「本当はまだ修業が終わってないのだけれど、いまは家の一大事だ。先方にも話して帰ってこさせることにしたよ」
「俺がマルコに来てほしいと言ったばかりに、すいません」
「いやそれだけじゃないんだ。シルヴェスタ商会の分もうちで引き受けてみてわかったが、マルコがいたとしてもやはりきついよ。今もジラルド君にずいぶん助けてもらっている。
判断など迷うところもあるし、カテリーナさんだけではちょっと苦しそうだ。君の商売はかなり新しい要素が多いし。むしろ君がそれをできたのは異常なくらいだと思う」
それは俺の中身がおっさんだからだろう。しかもこちらよりずっと複雑な社会出身だ。
「それにね、君は気づいていないかもしれないけれど、出資者の意向というのはそれくらい強いんだよ。それは知っておいた方がいいと思う」
そうだった。金に余裕があるから、つぶれずに配当が出続けてくれればいいくらいに思っていた。俺は株主ということにはしているがそれは内部のことで、まだ株式会社制度がなく、法の上では大金を貸しているのだった。
今回は修業が途中になるくらいだが、場合によっては家族を別れさせてしまうなんてこともありうる。
前世でも融資を受けている銀行から東京にいる長男を呼び戻せなどという指示を受けた中小企業の人
などもいた。
いくら前世知識があるとはいえ、大金を貸したことなどはいままでなく、そう言うことについては全く疎いとしか言いようがなかった。
マルケの修行先に断るときも出資者の意向でどうしても帰らないといけないというのは強かったらしい。
自己都合などだと不義理で後で面倒なことになるが、商売上の都合なら仕方ないと言われたとのことだ。ある意味うちが悪者だが、たぶん関係ないだろう。
そんなわけで今まで通り3人での同居ということになった。生活はそうだが、マルコは今後はうちの商会の専業になる。




