クルーズン市での物件
北部の引継ぎを済ませたらあとは南部の方も引き継ぎとクルーズン進出も考えないといけない。
南部の引継ぎは北部よりずっと楽だ。カテリーナもマルクも熱心だし、話が通りやすい。しかもこちらは今まで通りの商売を続ければいいだけだ。
いや北もそうなのだが、マニュアル類をすべて引き上げてしまう上に各地域が分断されているから、今まで通りにはいかないと思う。
具体的には幹部たちが部下たちに引継ぎを進めている。カミロが様々な手順の文書化をずっと進めていたので引き継ぎもしやすい。
文書化においては従来の手順をそのまま文書にするのではなく、手順の見直しや合理化も図ったとのことだ。
ただカミロだけだとまたやりすぎがありそうだが、その辺は他の幹部が適当に抑えてくれたようだ。彼らもこのシステムが自信作だと言っている。
「引継ぎだけでなく、ふだんからこれがあると仕事がしやすいんですよね。ちょっと違う仕事をするときにいちいち悩まなくていいし、他人との調整も楽だし」
新しいことを始めるときはさんざん悩んだ方がいいと思うが、既存のことをするときに悩んでも仕方がない。やはりずいぶんと業務が洗練されつつあると思う。
幹部は全員向こうに行くわけではなく、ジラルドにしばらくクラープ町にいてもらうことになっている。
ジラルドは前はクルーズンで1人、今度はクラープ町で1人と申し訳ないが、彼自身も他の幹部たちが1人で切り盛りできるとは思っていないようだ。
だからそういうものだとあきらめている節がある。マルコがずっとうちにいたら別だろうけれど。そんなわけで本人にはすでに移ってもらうことを伝えてある。
「クルーズンに本格的に移住する前に家族とゆっくり話せるからいいですよ」
そう言ってくれるとありがたい。本格的に移住する前というが、もう8か月以上は向こうにいる。
いちおうギフトで月に1回くらい連れ帰ってはいるのだけれど、長く離れ離れにしてしまった。そうは言っても成人した息子ならそんなものかもしれない。
さてクラープ町の中心部やや西にある本部はそのまま合併した商会で使うことにした。ついでにまたそこに幹部用のスペースを作る。クルーズンに作っていたものと同じ趣旨だ。
クロをクルーズンに移して、今度はそのスペースをクラープ町との行き来に使う。だから幹部以外に入れなくしてあるし、出入口は2つある。
一方はジラルド使う予定の執務室に通じている。さらにうちの幹部たちがクラープ町に泊まる必要があるときはここを使う。
クルーズンの方はジラルドがいるうちに幹部を何人か向こうにやって、引継ぎをしてもらうことにした。それに本部をもっと大きくしなくてはならない。
この点についてはアーデルベルトが前にクルーズンに住んでいたので詳しい。
「商売の本部にするならやはり市場のある南部でしょうな」
「でも南部は古くからの町で買うにしても借りるにしても高くありませんか?」
実はクラープ町北部の事業売却と南部の株の約3割の売却で数億の金があるので、そんなに困っているわけでもないのだが、あまり鷹揚に使うのもよくない。
出すべき金を出さないのは意地汚いし、まわりまわって損をするだろうが、出すべきでない金を出すのもいただけない。
「それがですな、政治の中心が新市街に移るのにつれて、一部の商売や住人も移動したのでそれほどでもありませんな」
そう言うことなら、南部の市場の近くに本部を持つのもいいかと思う。今の東側にある本部は、東側の支部にすればいい。
クルーズン市はこの町の10倍もの人口があるから、商売の規模も10倍くらいになるのかもしれない。いやそこまでは欲張りすぎか。
とにかくずっと大きいことは間違いない。だからいまの東側の本部も支部程度に使えそうだ。
アーデルベルトがこちらに勤めていた時の伝手で、商業ギルドから手を回してよさそうな物件を見繕ってくれた。
それをいくつか見ていく。アーデルベルトの言うように南部が一番の候補で、それがうまくないようなら東部にすればいい。北部と西部と中心部は後回しだ。
いくつか物件があったがその中でも広いわりにやや破格のものがある。けっこうな広さで1億2千万ほどだ。
「ここはなんでこんなに安いんですか?」
「ここは工房なんかが多いところで店としてはあまり向かないんだよな」
「馬車は行き来できますか?」
「そりゃ、材料も製品も運ぶから道路は立派さ」
「それならここを見せてください」
あくまで本部であり、企画や流通の拠点だ。そこで店自体はするつもりはない。だから別に人が集まる場所でなくてもいい。
また工房跡だ。ただ今度は手狭になって郊外のもっと広い物件に移るとのことだった。つぶれるわけではなくなんとも前向きでよい。
物件は少し古びているが、市場に近い上に、手狭と言ってもクラープ町のうちの本部よりも広い。
居つくつもりの建物を見るのは何となく意気が上がる。他人の家を見ても、遺跡見学をしてもそうは思わないが、見方が違うのだろう。
この部屋を何に使おうかとか、何を置こうかとか、動線はどうしようかと考えるのが面白い。
また執務室と会議室と資料室と部屋割りを決めないといけない。
それに考えたら住む家も考えないといけないのだ。ただそちらの方は一つ問題がある。マルコが来れるかどうかわからないのだ。
ドナーティ商会はカテリーナとマルクの2人で回しているが、マルクは実際はセレル村の商売がある。だからかかりきりというわけにはいかない。
そうするとマルコも実働要員として実際に向こうに関わっている。それを引き抜いていいのか、少し問題がある。
とりあえず家の方は広めにしておけばいい。固定資産税がかかるわけでもないし、お金には余裕がある。
後で引っ越すのは面倒だからやや広めにしておくのはいい。いつものようにギフトのホールを使う都合上、出入口は2つだ。
本社までそれほど遠くない家がよく、いくつか見て回って今よりも少し広い家に決めた。お金に余裕があるので買ってしまう。2000万ほどだ。
クルーズンは大都市と言っても王都や商都ではないので東京のような無茶な値段ではないようだ。
東京のあの高さに慣れているとお安く買った気になれる。値段についての間隔がずれていると後で痛い目に遭いそうだけど。




