株式会社にできないか
またアーデルベルトとパストーリのおじさんコンビに話を聞いてみることにする。
「もう、町に残るか出るかの選択になっています。どうしたものでしょう?」
「商会を大きくしようとすれば皆でクルーズンに移った方がいいですな」
「町としては残っていただきたいですね」
「そうは言ってもうちが残ると、また規模を広げてほかの商会と軋轢が起こりますよ」
「たしかにそうなりますね」
「南側の営業をまとまったままにするのに、シルヴェスタさんとドナーティさんの店で合併したらどうでしょう?」
「それはそれで面倒なこともありそうだな」
「じゃあ、シルヴェスタさんがドナーティ商会に出資して、そのお金で南側の営業を買い取ってもらうのは?」
「うーん、それもなあ、少し額が多すぎやしないか」
うちを買い取るほどの金がないなら合併という手はある。それから出資、つまり金を貸すという方法もある。
ただいずれも帯に短したすきに長しなのだ。そういう言い方もオッサンぽいとは思うが。
合併となると、本当に経営に深くタッチしなくてはならなくなる。完全に共同経営者だ。しかもうちの方が大きいからかなり関係が微妙になる。
だいたい俺はクルーズンに移りたいのにこのクラープ町で経営者をするつもりはない。
クラープ町から離れてカテリーナとマルクに任せたとしても何かあったときの責任がある。
さすがにあのマルキを追い出したので無茶はしないだろうが、もし合併した商会が何か大きな損害を被り、支払いをしないといけないときのことだ。
その時に共同経営者なら、俺の財産からも支払いに充てられることになる。これではかなわない。
それに対して金を貸すというのも、事業の進展に対して少しずつ増やすというなら構わないが、今ある事業より大きい金をいきなり出すというのも何か危なっかしい。
もちろん商売として十分うまくいっているうちの事業を買うための金だから、見込みがないわけではないが、現状の資産に比べて大きすぎる。
しかもこんどは経営へのタッチの仕方が何かすっきりしないように思うのだ。
金を貸していれば経営にいろいろ口を出すことはできる。前世だって銀行はずいぶんと中小企業の経営に口を出していたし、大企業にだって役員を送り込んだりしていた。
ただなんともルールがなく、お互いの行動が予測しにくく、しかもトラブルが起きたときの決着がつけにくいように思う。そういう状態で大金を貸すのはあまり好ましくない。
だいたい今の状態だと、出資したとして、他に出資者がいたら、その間で面倒な話し合いがもたれる。
さらにある出資者がかってに経営者に話しに行っていつの間にかその者の意思だけが押し通るなどということもありうる。
そういう面倒を解消する方法がないかと思う。実は前世にはあった。
株式会社の制度だ。株主は出資して、経営をする取締役を選んだり、重大事項を決議する。
複数の出資者がいる場合には、変な話し合いとかもたれあいにはならず、出資に応じた株数の多数決で決まる。
それに会社がこけたとしても出資している範囲つまり株を持っている範囲でしか責任を負わない。
要するに株が紙くずになるだけで、それ以上は財産を出せとは言われないのだ。
こういう制度はいま俺が使いたいのと同時に、将来商業を振興させるにも必要だと思うのだ。
誰かがすこしよけいにお金が持っていて何かの事業に出資したいとなっても、どうやって出資していいかもわからない。
しかも出資したらこんどは変なしがらみがたくさん付きまとう状態では怖くて出資などできないだろう。
なお銀行が普及していれば預金するだけで、銀行がかってに事業会社に何らかの形で出資するから、間接的に出資もできるが、それもこちらの世界ではまだだ。
もちろんそれほど資本が蓄積されていないからそんな制度も整っていないのだろうけれど。
ただ人々の移動が多くなって今後資本がたまるときに、金があってリスクはあっても増やしたいときにやはりこれらの制度があった方がはるかにスムーズになる。
さらに株式会社の制度があると出資者は専門経営者に会社を任せることができる。
そんなわけで株式会社制度がないから、それ自体を作り出す必要がある。
いいことづくめのように見えるが、こちらでしようとしても問題も起こる。
こちらの世界では株主として経営に介入した分について無限責任でなくする法制度が整っているわけではない。
だから経営を任せた経営者が無茶をしてひどい借金をしたときに、出資者につけが回ってくる可能性がある。つまり借金を払えと言われかねない。
地球の株式会社制度なら、あくまで株を買った分が0になるだけで、それ以上の責任は負わずに済む。
そんなことを考えつつ、2人に話してみた。
「出資についてのルールを決められないでしょうか?」
「どんなルールかな?」
「ええ、経営への介入を明確化したいんです。まず出資者が出資金額の多数決で経営者を選んだり、重大事項を決定します」
「なんでそんなことをしたいんですかな?」
「つまり出資者同士が個別に介入したり変なもたれ合いにならないように整理したいんです」
「確かにわずかな金を貸していることをもとに無茶を言うのもいるからなあ」
もちろん日本だって総会屋とか特殊株主なんて言うのがいた。経営者を脅すのもいれば、経営者が他の株主を黙らせるために頼む場合もあった。
さすがに取り締まりが厳しくなっておとなしくなっているが、そうでもしないと株式会社制度を入れても結局付きまとうということだ。
「それから出資者は定例の会議を開く」
「まあそれもややこしい介入が起こらないようにして、しかも妥当な介入をするには必要でしょうな」
「経営者は定期的に出資者に事業について報告する」
この辺は実は会計の基準が整わないとやりにくい。だがそれはアーデルベルトが得意そうだ。
「報告は複式の簿記をつけさせて、それを出させればいいですな」
実際に顔合わせするならそれでもいいような気がしてきた。
「それからここからが大事なことですが、出資者は制度に基づいてその範囲内で経営に介入はしますが、それ以上はしない。
それをもって商売が失敗して商会が借金を負っても、すでに出資した分以上の負担はないことにします」
2人はちょっと戸惑っている。
「確かに金を貸しただけの者が、商会がこけたときに、すでに貸した金以上を出すのも変な話だが……」
「ただ経営に関わっていたとなると、今の状態だと微妙ですね」
「例えば商会が仕入れして商売が失敗したとして、まだ仕入れ先に払っていないとします。その時に仕入れ元の債務者はどうしますか」
「債権者は何とか金をとりたいと思うでしょうな」
「まあ経営に口を出していたら払えと言ってくるでしょうね」
「そこが問題なんです。この制度は私がいまこれを使いたいだけでなくて今後のためなんです。
例えば誰かがすこしお金に余裕ができたときに事業に出資したいけれど、本当に事業に巻き込まれるのは怖い。そういう人でも出資しやすくしたいのです」
「なるほど」
「それは何かすごそうだな」
「ちょっともう少し何かできないか考えてみたい気もする」
資本を集める方法であるし、手続きが整理されて非常に見やすくなる。確かに商業の振興に役に立ちそうなものだ。
そんなわけで何か実現する方法がないか検討することになった。




