20. 剣術道場(下)
「はあ、今日は疲れた」
フェリスは寝室に戻り、ベッドに倒れこむように寝そべった。
まだ10歳にもなっていないのに中年のおっさんのような言い方である。もっとも中身がそれなんだから仕方がない。
クロが腰の上に載ってふみふみをしている。子どもが母猫のおっぱいを押して乳を出すしぐさの名残ともいうが、今はマッサージされているようで気持ちがいい。
考えたらずいぶん遠くに来たもんだよなあ。来ようとしてて来たわけではないが、お前も俺も日本にいた時よりは幸せだよなあ、などとクロのふみふみを背中に感じながら思った。
それからも週に2~3回は道場に行くようになった。シンディからは毎日来るようにと言われているが、他にも行くところはある。素振りはほぼ毎日言われたように続けている。
シンディは師範の子である上に、少し年上までの他の門下生たちより強いため、敬遠されているようだ。
ややきつい感じはあるが顔がきれいなので近づいてくる者もいるのだが、シンディの方が剣にしか興味がないので、あまり話も続かない。
また練習相手としては明らかに避けられている。まあ俺もコテンパンだし、それはわかる。
そんなところに俺は飛び込んで、誰よりもシンディと関わりあっている。
他の門下生からみるとうらやましいらしい。俺から見るともう少しあっさりした付き合いの方がいいのだけれど。
ただ道場ではいじめは許されない。いじめを見つけるとレナルドはけがをさせない程度にしごいてやめさせる。
長くいる者はどうなるか結末を知っているので、いじめの雰囲気になると止めている。
新入りがいじめをしようとすると周りの子どもにあっという間に教育される。ここではだめだと。
強い子ばかりをひいきするダメな師範とは違うようだ。
そういうわけで、フェリスも別に嫌な目にあわされることはなかった。
はじめは剣の振り方ばかりであったが、そのうち盾も持たされるようになった。
さらに相手との簡単な打ち合いや、試合も交えるようになる。
上達してきたからかシンディが手加減してくれない感じがする。以前より振りが恐ろしくなった。
こちらが不意打ちしようとしてもシンディはすぐに盾で防ぎ、逆にカウンターで攻撃してくる。
どうしたらそんなことができるのかと聞いても、「そんなの感覚よ」とあてにならない答えだ。教えるには向いていない。
レナルドの方はいろいろ教えてくれるが、ただ結局は意識せずにできるようになるまで繰り返すしかないようだ。
実はそんな練習をしているので生傷も絶えない。日本だと子ども相手に問題になりそうだが、剣で身を立て、魔物がうようよして、人がそれなりに死ぬこの社会では当然のことと受け止められているようだ。
さいわい俺はごく簡単だがロレンス仕込みの回復魔法が使えるので、それを使う。自分に使うことが多いが、他の門下生にもけがをすれば使う。
シンディもロレンスに習っているのだが、ちっともうまくならない。
俺が使った時との違いは明らかで、生徒がけがしてシンディが治癒すると俺にこっそりもう一度かけるように頼むのがいつもの光景だった。
「どうしたらうまくかけられるの?」
「それは感覚で……」
と言いかけて、これじゃだめだと気付く。
「もう少し傷口をよく見て、それがふさがることを念じながら、精神を集中させて……」
などと説明するが、やはりシンディはうまくいかないようだった。
ただこの回復魔法もそんなに万能のものではない。俺自身の魔法が未熟というのもあるが、ロレンスが使ってもあっという間に治るわけではない。
とりあえず傷をふさいで痛みを緩和してさらに回復を促進するもので、日本での手当のようなものだ。ただ回復促進が早い。軽いけがなら1日で、少し深くても数日で治ってしまう。
魔法の使えない人にはポーションもあるが数千ハルクからのようだ。また重体や手足の欠損までも治すエリクサーなどというものもあるらしいが、億の値段になる上にめったに見ることもできないとのことだった。
そういえばクロがこの世界に来てからは無敵がかかっているのでけがなどは見たことがないが、日本にいたときに後に残るようなケガがあった。
そのあとを見直してみるとすっかりきれいになっていた。どうせ神がまた鼻の下を伸ばして治療したのだろう。
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