みなクルーズンに行きたい
クラープ町の北半分の譲渡のための準備については進んでいる。あとは南半分をどうするかだ。
商会の本部はクラープ町からクルーズン市に移るので、大半の幹部もクルーズンに移ることになるだろう。
そうすると南半分をどうするかの問題が出てくる。
また幹部皆に相談する。会議というよりは雑談に近いような気もする。
「北側を譲渡するめども立ったけれど、南側の方はどうしよう?」
「どうしようというのはどういうこと?」
「南側も譲渡するの?」
「まさか南側も手放すなんてことはないよな」
「商会の本部はクルーズンに移すつもりだ。そうするとここの幹部も大半は向こうに移ることになる」
「それはそうね。でも不思議な気分ね」
「移転というのは初めてだね」
「あっちはどんどん人が増えているというし、腕が鳴るな」
「向こうではどんな商売になるのでしょうか」
「あちらは広いから流通を考えるのもかなり複雑そうですね」
「あちこち案内してやるからな」
「クルーズンに長くいたことはないので楽しみです」
リアナとエミリも行く気満々だ。食品工場の方はいまのままのつもりだったが、向こうの食品製造も増やすとなると彼女らも移った方がいいのかもしれない。
徒弟のセスト1人でやっていけるはずはないのだから。むしろこちらの方は安定していて今のままを続ければいい。
それではずっと発展がないように見えるが、ときどき人事交流などして、リアナたちがこちらに戻ったり、こちらのものを向こうに連れて行けばいいように思う。
「リアナとエミリは移るとしたら、後を任せられるものはいるか?」
リアナの方は要領を得ないが、管理をしているエミリの方は少し考えてからこたえる。
「すぐには無理ですが、リーダーになりそうな人もいるので、彼にさせようかと思っています」
それならエミリにはしばらくクラープ町にいてもらって引継ぎができるようになったらクルーズンに来てもらえればいい。
向こうでは初めのうちはそれほど規模が大きくないから、そこまでの管理体制も必要ないだろうと思う。
「向こうであたしたちうまくやっていけるのかな?」
「あっちは大商会もあるんだよな」
「向こうでしてみた限りでは、いまの形で商売は広げられそうです」
確かにジラルドの言うとおりだ。もちろん強敵はいるだろうが、人口が拡大している時期というのはやりやすい。ある意味誰でも参入できて、どの商人も規模を拡大することができる。
これが人口減少だと、どこかの商人が商売を拡大するとその分他の商人が減らすことになる。この町で起こっていることだ。
そうすると変な政治家に泣きついてずるで何とかしようとするのが出てくる。もうこうなると将来の見込みがない。
「ジラルドも言った通りクルーズンでも商売は拡大できそうだ」
実はため込んだ金が結構あるので、いろいろできるのだ。幹部だけなら5年くらいぶらぶらしていても食っていけるだけの蓄えはある。
もちろんそんなことはしないが、そういう余裕があるというのは精神にとっては救いになる。
多少の失敗が許されるからだ。そうやって小さな失敗を許容しつつ新しい取り組みをすることで、今までにはなかった大儲けするようなネタをつかむことができる。
失敗を許容しないと、今まで通りの枠組みでほんの少し改良してほんの少しだけ良くなるを繰り返してそのうち頭打ちになる。
そうは言っても大きな失敗はやはりまずい。商会が立ち行かなくなったりすれば、多くの人の生活を破綻させてしまう。
そうならないような他で取り返しがつくくらいの失敗はしてもいいと思うのだ。
そこで幹部にクルーズン市に行くかどうかを聞いてみた。
「クルーズンへ行きたいかーっ!?」
「おーっ!」
「どんなことをしても、クルーズンへ行きたいかーっ!?」
「おーっ!」
「倒産は怖くないかーっ?」
「おーっ!」
往年のクイズ番組風に聞いてみたら、なぜか往年のクイズ番組風に返された。知らないはずなのに。
もしかしてこの世界は俺用にデザインされた世界なのかと疑ってしまう。
「ただみんな行ってしまうと、この町での商売がどうすればいいのか困るな」
そこでみんな戸惑う。それはそうで何らかの形でこの町の商売は残さないといけないし、そうすると幹部も必要だ。
だがそれぞれに聞いてみると大抵は
「まあ、部下たちの面倒も見ないといけないからすぐにとは言わないが、いずれはやはり向こうに行きたい」
「この町で仕事を続けるのはつらいなあ」
「みんなといっしょがいいですね」
などとみな移ること前提なのだ。
ただ幹部などと言ってもまだ2年ほどしかここで働いていないのだ。
もちろんそれぞれの者の才能はあるとはいえ、商会を成り立たせているのはシステムやマニュアルの方だ。だから後に続く者が運営維持することもできないわけではない。
さすがに高度な判断となると難しくなると思う。その辺は経験やいろいろ知恵も必要となる。みんなの助けを得ているとはいえ、かなりの部分は俺が担っている。
それは俺だけは実はずっと複雑な社会出身でしかも中身は中年過ぎだから可能なのだ。
そう考えると後を任せる者を選ぶのも難しい。中小企業の後継者選びなんかも結構大変なんだろうなと思う。
そこでどうせならもう南も人に渡してしまうのも悪くないように思うのだ。
もちろんみんな手放すことには猛反対で俺もそうだから、渡すと言ってもあくまでコントロールの利く範囲でだ。
ちょっとその方向を考えてみることにする。




