役所との譲渡条件の交渉
営業区域譲渡の大まかな方針は決まったが、細かい調整はまだまだだ。
うちが役場に行って相手と相談する。ただ役場はうちからも本部からも歩いて15分もかからないのでそれほどつらくはない。
これが領都などと言ったら、さんざんだ。もっともその場合はどんどん時間を遅らせることができるのかもしれない。
会議の時間が指定されているから行かないといけないのだが、そういう時に限ってクロがすり寄ってくる。
腰を落とすと、ひざに乗ろうとまでしてくる。時間を気にしつつ、最大限クロをなでる。
最後は振り払うように出る。神が「クロ様ほど大事なものはないのにのう」などと言っている。
ごもっともなのだが、それならこちらの争いに神の力で介入してほしい。そこの部分はタダで働かせようとするのだからたちが悪い。
本来相手はウドフィ氏のはずだが、ウドフィ氏は細かいことがわからないようで、ほとんど部下に丸投げをしている。
せめて同席するくらいはしないといけないのだろうが、わからない話を聞いていると眠くなるのか、コンプレックスを刺激されるのか、最近は部屋にもいない。
この辺の下僚連中にもわいろにならない範囲で適当に付け届けをする。本当にろくでもないと思う。
下僚の方は権限があいまいだ。領主やパラダとは直接のつながりがなく、ウドフィの方ばかり見ている。
そのウドフィが何の助けにもならないのだから、下僚たちは宙ぶらりんの状況の中で話を進めないといけない。
俺はウドフィや家宰の言を最大限こちらに都合のいいように解釈して、向こうに迫る。そして契約書の細かい文言に反映させる。
下僚は宙ぶらりんの状況で仕事をするのに嫌気がさしているのか、それとも付け届けをもらっていい気になっているのか、ほとんどこちらの言い分を通してくれる。だいたいまだ相手がいないのだから、相手の意向の方は入らない。
当事者でない役人が決めるからこういうことになる。もっとも俺は後で問題になるようなあまりの無茶は入れていないから通るところもあるのかもしれない。
「ウドフィ様には従来の雇用条件を守っていただくとお約束いただいていますので、その文言を入れてください」
ウドフィが口頭で言ったことあたりもきちんと文書にしておく。言った言わないになったときに、とぼけられたら権力者が勝つに決まっているからだ。
その際に口頭で言ったことから解釈で導かれるあたりもどんどん文書化する。
ほとんどはうちに都合のいいことばかりだが、たまに都合が悪くても理屈としては妥当なら入れておく。
後でもめたときに自分に都合のいい事ばかり入れたわけではないと言い訳がしやすくなるし、理屈がついた方が物事の処理が楽になるからだ。
契約書を作る席にはバイトの子どもたちの母親の代表者も顔を出すこともある。はじめは役人は苦い顔をしていたが、入れないと後でトラブルになるで押し切った。
ときどき母親が質問をしたりそれはまずいと言って圧をかけることもある。それも契約内容に盛り込む。
役人側に無茶をしていることを知らしめるとともに、内輪で決めたわけでないことを親たちに示すためだ。
「塾や研修も待遇のうちですから、それもきちんと入れてください」
「そうね、あれでうちの子は勉強するようになったんだからちゃんとやってね」
「それはどういうことでしょうか?」
「教会の助祭を呼んで地域の子に読み書き計算を教えています。基本的には有料ですが、
うちで働いている子たちには仕事量に応じて無料でそれを習わせています」
「あれもあってうちの子を出しているからね、なくなると困るわ。ちゃんと続けさせてね」
役人は同僚とどうしてものか悩んでいるが、こちらが労働条件だからと押し切る。向こうの役人の方は権限が怪しく、判断がつかないようだ。
しかもそんな状態で仕事を押し付けられて、もうどっちでもいいのかもしれない。さらに能力的にもオーバーヒートの気がする。まるで当然かのように条件を出していく。
いや別に不当な内容を盛り込んでいるわけではない。パラダたち相手に内が儲かるわけではなく、従業員たちが今までの待遇を得られるようにしている。
ただうちの待遇がよそよりいいから、それをそのまま続けろというだけだ。
どうせパラダたちは、上にこびへつらって下には厳しいので、そうしたくないだろうから、徹底的に文書化する。
どんどんと文字数が増えていく。ところで長い文書を読めるというのはけっこう限られた人にしかない能力だと思う。
教育でその人数を増やすことはできるだろうが、それでもやはりそれほど多くないし、だいたい分野依存になる。
理系文系だけでなく、それぞれの内部でも分野が違うとお互いの文書はどんどん読みにくくなる。
それはともかく、前世よりずっと社会も教育も遅れたこの社会だと、こんな文書読める人間はかなり限られた人数しかいそうにない。
ただ一方で契約に対する意識が違う。たぶん日本社会では契約をあまり重く見ずに付き合いの中で少しずつ条件を整えていけばいいと考える中で、こちらでは契約を結んでそれを守らせることがもう少し厳しい気がする。
だから一度契約すれば、反故にされても後から反論しやすいとは思う。
そういうわけでたぶんパラダたちはろくに文書を読み切れずにだけど急いで契約して、後でこちらがうるさく言って守らせる形になるような気がしている。
とりあえず、役所での契約内容作りはそのように進んでいく。




