営業譲渡の決定
一部地域で営業を譲渡することについて、幹部会での承認を取ったので役場を通じて家宰に譲渡を承諾する旨を通知する。
いちおう商会の重大な決定は俺の一存で全て決めていいことにはなっている。それは法的にもそういう制度だ。
ただ実際に幹部たちの同意がなければ、幹部は部下を連れて独立してしまうこともありうる。
ギルドまであるので競業禁止にはできるかもしれないが、それこそ俺と対立する勢力とつながれば、それもなし崩しにされかねない。
そうでなくてもクルーズンまで行かれたら、まったく手出しはできない。
別に今いる幹部が独立しそうだとは思わないが、そう言うことも想定に入れて、お互いに利益のある方向に進みたいと思う。
家宰からは決定を歓迎すると手紙があり、また担当がまたウドフィに代わることが通知された。
さすがにこんな小さな問題にナンバー2が関わるのもおかしな話だから仕方ないが、またあのわからずやのバカが来るのかとうんざりする。
いやもっとましな人間を幹部にしろよと思う。ゴマすりが好きな領主らしいからどうせそのあたりで成り上がったのだろう。
ウドフィとの話の前に商会の中で合意しておかないといけない。会議を開いて説明する。
「無理に譲渡させられるわけだから、うちにとってはあまりうまみのない地域の事業を譲るつもりだ」
「そうね、北の方とか、あまり儲からないわね」
「帳簿がそろっているから、それを見ればだいたいわかるな」
「うちはうまみのある地域をしっかり押さえておくわけですね」
割とそんな感じで盛り上がる。ただそこでやはり慎重論も出る。
「でもそれも無責任というか、その地域の人には申し訳ないような気がします」
「まあそうだよね。お客さんの顔が見えるからちょっと心苦しいわね」
「パラダたちではお客さんの満足いく商売はできないだろうね」
「やっぱりうちが続けるべきなのかな?」
「いや、最終的には取り返す。取り返すためにもうまみのない地域を譲るんだ」
「それは、どういうこと?」
「パラダたちが儲かるところを取ってうまくいってしまったら、うちは取り返せなくなる。連中が投げ出すことが重要なんだ」
「なるほど、うちが再参入しやすいようにパラダには投げ出しそうな地域を譲るいうことですね」
「あくまで一時的撤退なんだ」
「なんか、こう、悪辣な権力者にやられるままだと思っていたけれど、反攻の期待があると意気が上がるな」
「あんな連中ひどい目に合わせてやろう!」
「おうっ!」
何かふだんはクールだったり控えめなカミロやエミリまで声を上げている。
アーデルベルトは各地域の売り上げや利益を一覧表にしている。
「やはり北部の方は売り上げも利益もいま一つですね。坂が多く、わりと家の間隔が広いので仕方ないところです」
「北部のどの辺?」
「東北部・北部・西北部とどれも東部・西部・南部に比べていまひとつです」
実際に表を見ると北方は商会全体の売り上げに比べても3割も行っていない。
だが行商が行っている回数は南方に比べてことさら少ないわけでもない。
ということは当然利益も少ない。行商に行くこと自体で経費が掛かり、それで売り上げが少ないと、少ない分以上にうまみがない。
例えば北方で5万、南方で7万だとすると、南方は1.4倍に見えるが、経費や原価としてそれぞれ4万かかっていると、利益は1万と3万で実際は3倍だ。
そういえば北方は坂道がかなり多い上に、道が狭いために、小さい荷車しか通れない地域が多かった。そういう場所だから家と家の間が離れているので、ますます商売がしにくい。
たぶん露店から歩いて10分くらいのところの人しか来ないだろうから、家が離れていると客が少なくなるのももっともだ。
それに小さい荷車でも時間までに売切れにならないということは、客が少ないか1人当たりの売り上げが少ないということだろう。
せっかくなので1週間くらい行商担当に指示して各地域での客数を調べてみたがやはり北方は少ないようだ。
そういうわけで、基本的に譲渡する営業地域は町の北方にする。この地域がいいのは売り上げだけではなく地図の上ではけっこうな面積だということだ。
実際に人口を調べると3割ほどしかない。パラダたちと領主とその意を受けたウドフィはどうせけっこうな広さの部分をよこせと迫ってくるだろう。
ごく限られた地域を譲渡しても難癖付けてもっと取ってくるに違いない。そこで北方全体というかなり広い地域を渡せば、それでかなり取れたと勘違いするはずだ。
きちんとデータを調べれば人口規模ではそうでないことはわかるが、あんないい加減な商売をしている連中ではそのことに気づくかどうか怪しい。
カミロはそこで新たな物流などについて考えている。
ただかなり広い地域をまとめて譲渡するのでそれほどの変更は必要ないらしい。
むしろ簡略化されて経費が少なくなり利益が上がると喜んでいる。
「いやこれなら、言われる前に譲渡した方がよかったかもしれませんね」
何かパラダたちから取り返したときに再編入に反対しそうな勢いだ。
いや別に今の時点で赤字ではないのだから、ことさらにやめる必要もない。
もちろんもっと儲かる事業に投資しろという考えもあるかもしれないが、それなりに社会的責任というものもあるわけで、いちおう黒字になっていればそこまでがつがつする必要もないと思う。
とりあえず、そんな感じで譲渡について内部での話し合いは進んでいった。




